開放厳禁

 昼休み残り二十分くらいの時だったかな。俺が二組の教室に行ったのは。
 俺が二組に行く用事っていったら、大石に用事があるって言うのとほぼ同じなんだけど、大石、教室に居るかな……?
 委員長とかやってるし、先生からの信頼も厚いから何かと多忙みたいだし、そうすると教室に居ないかもしれない。
 俺がそんな風に不安を抱きながら二組に行くと、入口には、見慣れた外ハネの髪。
 間違い無い。英二だ。
「タカさん。どうしたんだい?」
 英二は入口のところで大石と話していたみたいで、廊下側を向いていた大石の方が、俺に先に気付いた。大石の声に反応して、英二も振り返って、
「あ、タカさん! どったの〜?」
 口調とかは全然違うけれど、ほとんど大石と同じ事を言った。
「ちょっと大石に用があってさ。部室の鍵、借りようと思って」
 別に隠す事でもないから、俺が正直に言うと、
「タカさんも?」
 って、英二が。
「英二も?」
「うん、俺さー、学校で使おうと思って新しいハミガキ粉持ってきたのに、無いんだよね。もしかしたら部室に落としたかな〜って思ってさ」
「あ、俺も同じ。俺は歴史の資料集なんだけどさ。朝出かけに、うっかり忘れそうになっちゃって、遅刻しそうだったから慌てて手で掴んで走って学校にきたんだよね。鞄の中入れ忘れたから、部室に置きっぱなしになってるかもと思って。五時間目に使うんだ」
 俺たちが部室に行きたい理由を正直に言い合うと、大石は「しょうがないな」って小さく言って、優しく微笑む。
「実は、昼休みの部室を使いたいって言われてね、鍵は朝練のあと、乾に貸してしまったんだ」
『へ?』
「だから俺は鍵を持ってない。でも、今なら開いてるはずだから、行ってみるといいよ」

 そう言うわけで、俺と英二はふたり、手ぶらで部室に向かった。
 部室の前にたどり着くと、確かに中に人が居るらしいくて、電気がついている。
「乾、入るよ」
 俺は中に居るはずの乾に声をかけて、とりあえずノックもして、ガチャリとドアを開けた。
「……河村。菊丸」
 中には乾が居た。
 ベンチを机代わりにしているみたいだ。瓶とか缶とか色々と、ベンチの上にバラバラに並べられている。乾の両手にも、一本ずつ。
 それから真ん中には、俺が今までで見た事がある一番大きいビーカーがあって、その中には、何とも言えない色合いの液体が入っている。
 なんか。
 何してるの? って聞くのも嫌だった。
 説明を受けなくても、何をしているかが丸判りだしなぁ。
 ……いやなトコロに来ちゃったなあ。
 同じ思いなのか、英二は眉間に皺を寄せて、泣きそうな顔で、俺を見る。
「どうした。ふたりとも」
「ちょっと、忘れ物をとりに……」
 俺たちは乾と目を合わせないようにしながら、ロッカーの方に近付いていった。
 乾が今作っているモノがどんな感じだか判らないけれど、試飲とかさせられたら、いやだもんね。
「タカさん、資料集ってコレじゃない?」
 英二は俺が使っていたロッカーから、まさに俺が捜し求めていたものを見つけ出してくれた。
「ありがとう英二。あ、ここに落ちてるハミガキ粉、英二のかな?」
「そうそうそれ! わー、やっぱりここにあった〜!」
 俺は部室の隅に落っこちていたハミガキ粉を拾い上げて、英二に渡した。
 英二はハミガキ粉を手にすると、とても嬉しそうにはしゃぐ。本当にハミガキ、好きなんだなあ。
 じゃあ、一刻も早く、ここから出ようか。
 俺はやっぱり乾と目を合わせないように部室を出て。
 英二も俺の後ろをついてきていたんだけど、ベンチの隅っこに部室の鍵が置いてあるのを目にすると、俺にはマネできない素早い動きでそれを手に取り、部室を飛び出て、ドアを閉めた。
 ガチャリ。
 英二が鍵をかける音が、静かな空間に響く。
「え、英二! 何してるんだよ!」
「だって! あんなもん世間に出たら、やばいだろ! ずっとココに封印しておかなくちゃ! ほら、逃げるよ、タカさん!」
「え、でもさ……」
「絶対開けちゃダメだからね!」
 英二が俺の腕を掴んで走り出すから、俺も、部室を離れる事になったんだけど。
 放課後には、また部活で使うから、開ける事になると思うんだけど。
 そうじゃなかったとしても、大抵こう言う鍵って言うのは、外からは鍵がないとどうしようもないけれど、内側からは自由に開けられるから、こんな事をしても意味無い、よなあ?
 前を向いてがむしゃらに走る英二の背中を見ていた俺は、ふと気になって、部室のほうに振り返る。
 部室のドアは、ゆっくりと開いて。
 その隙間からゆっくりと、乾が現れて。
 にたぁ〜、って感じで、笑った。
 ……今夜、俺、生きて帰れるかな……。


100のお題
テニスの王子様
トップ