元気だして

 部活の後。
 着替え終えたダビデが、嬉しそうにごそごそとバッグの中を漁るのはいつもの事。
 甘いものが大好きなダビデは、いつも何かしらお菓子(もちろん甘いやつ)を持ち歩いていて、それを部活の後に食べるのが大好きなんだ。
 まあ、別に、ボクに害があるわけじゃないし。
 むしろ、ものほしそうにじーっと見てると分けてもらえたりするから、じゃんじゃん買ってこいって思ってるんだけどね。
「……!」
 いつもと違うのは、バッグを漁りはじめて数秒後、ダビデが硬直した事で。
「どうかしたのか? ダビデ」
 そばに居たバネさんが不審に思ったらしくて聞いてみると、ダビデは辛そうに顔を歪めて、ふるえた手でバッグの中を指差した。
 バネさんがひょこって覗いて。
 ボクも、覗いてみたんだけど。
 特に何もない。
「何もおかしくねーぞ。ダビデ」
 バネさんが率直な感想をダビデに告げる。
「そう、ない。俺のいちごポッキーが……!」
「なんだって!?」
 ダビデは甘いものなら何でも大好きだけれど、その中でもイチゴ味のチョコは最高ランクっぽい。だからいちごポッキーは、好きなおかしベスト5には入ってると思うんだ。
 そのいちごポッキーが行方不明。
 ダビデの凹みっぷりが、目に見える。
 その場に膝を抱えて、うずくまる背中に、なんとなく哀愁が漂っているような。いないような。
 ないかな。ただ馬鹿っぽいだけかな?
「いちごポッキーくらいでそんな落ちこむなよ! ほら、俺の分けてやっから」
 そう言ってバネさんがバッグから取り出したのは、焼きもろこし味のスナック菓子だった。
 ダビデはゆっくり顔上げて、バネさんが持つ袋、じっと見て。
「そんなしょっぱいのはいらない」
 また俯いた。
「てめえ……!」
「まあまあバネ、許してあげなよ」
 拳をふるわせるバネさんをくすくす笑いながらなだめたのは、亮さん。
「今のダビデのショックの大きさは……バネにしてみれば、そうだなあ、この世から焼きもろこしが消滅したくらいのものなんだから」
「そ、そうか……」
 そんなんで納得しちゃうんだ! さすがだよバネさん! 面白い!
「ほら、ダビデ。いちごポッキーには敵わないけど、差入れにもらったレモンのはちみつ漬け、まだ残ってるから、これでも食べて元気だして」
 さっきから亮さん、なんか親切でおかしいと思ったら、ダビデが亮さんのロッカーの前に座りこんでて、邪魔だからかなあ? ま、どうでもいいけど。
「……」
 ダビデはゆっくり、くすくす笑う亮さん見上げて。
 それで、レモンのはちみつ漬けの入ったタッパーを受け取って。
「レモンのいれもん……プッ」
「凹んでるんじゃなかったのかお前はっ!」
 あ、バネさん、今日の蹴りはいちだんとキレがいいね! さすが!
 でも、レモンのはちみつ漬け、床にぶちまけられるのは困るよー。ベタベタしちゃうじゃん! 掃除すんのめんどくさいし!
 ってのを、ボクや亮さんが目で訴えると、バネさんはポリポリ頬っぺた掻いてから、バケツと雑巾を持って部室の外に出ていった。
「ダビデ、元気だすのね」
 三番手。樹っちゃんが、ダビデのそばにかがみこむ。
 ごそごそとポケット漁って、そこから出てきた一個のキャラメルを、そっとダビデの手に乗せる。
「樹っちゃん……ありがとう」
 ダビデはもぞもぞと動いて、キャラメルを口の中に放り込んだ。
 とりあえずそれで満足してくれるかなあ、と思ったけど、ダメみたいで、まだ膝をかかえたまんま。
 うーん。さっさと部室出てってくれないと、戸締りできないんだよなあ。ほら、ボク、一応部長だから、たまにはそーゆーとこに気を回さないとね?
 バネさんが帰ってきたら、引きずり出してもらおうかなあ。
 うーん。
 って、悩んでる時に、部室のドアがあいた。
 バネさんが水くんで戻ってきたのかな、と思ったら、いや、それもそうなんだけど、一緒にサエさんもいて。
「何、してるんだ?」
 事情を知らないサエさんは、首を傾げていたんだけど、ダビデの様子が目に入ったのかすぐに気付いて。
「ダビデ。着替えるのに邪魔だからそこどこうね」
 うわあ、サエさん、容赦ない! カッコいい!
「やだ」
 うわあ、ダビデ、拗ねすぎ! カッコ悪い!
「まったく。何をそんなに落ち込んでるか知らないけど」
 サエさんは「しょうがないなあ」とでも言いたげに、ため息ひとつ。
 それからジャージのポケットから、箱を取り出した。
「ほら、コレやるから。食べて元気出せ」
「……!」
 サエさんの手で半分は隠れてしまうような小さな箱だけど、覗いて見える部分だけで、その正体が判る。
 ダビデが今、何よりも求めていたもの。
 そう、いちごポッキーだ。
「……もらっても……?」
「ああ、構わないよ」
「ありがとう……!」
 いちごポッキーを受け取りながら、ダビデは目を輝かせてサエさんを見上げる。まるで神さまを見ているみたい。
 ダビデ……そんなに好きなんだ。いちごポッキー……。
「そんなに気にしなくていいよ、ダビデ」
「サエさん……!」
「それは元々、お前のバッグからくすねたヤツだから」
「って、元凶はお前かー!」
 投げつけられた濡れ雑巾を、サエさんは動体視力で見切ったのか、優雅にかわして。
 その動きに負けないくらいに優雅に微笑む。
「そんな汚い雑巾投げつけないでくれよ」
 うわあ……絶対、ダビデとバネさんをからかって遊んでるなあ、サエさんってば。
 事前準備も万端なんて、計画的ハンザイじゃん。
 ……ボクも狙われないように、気を付けようっと。


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