キラキラ

 青学テニス部と言えばかなりの名門だから、入部したての頃は今よりも、ずっと沢山の部員が居たんだ。
 だから、同学年で同じ部活に入っているからと言って、顔や名前を確実に憶えてもらえる保証はないし、俺だって全員を憶えるまでにけっこうかかった。憶えきるまでに、練習のきつさにやめていった奴が何人か居たくらいだ。
 なかなか言葉を交わせないやつだって少なくなかった。
 今でこそ向き合って話せるようになったけど、入部した頃の俺にとって手塚は雲の上の人間だったから、声をかけられなかったし。大石はいつも手塚と一緒に居たからやっぱり話す機会は少なかったな。たまに当番とか一緒になって話してみると、気さくないいやつだなって思ったけど。
 不二とも、一年の時はほとんど話さなかったな。
 なんか、空気が近寄りがたかったんだよな。手塚の影に隠れがちだったけど、明らかに他のみんなより強かったし、二学期になったらあっさりレギュラー取っちゃうくらいに上手かったし。
 不二には歳の離れたお姉さんがいるんだとか、俺は寿司屋の息子なんだとか。そう言う話ができるようになったのって、いつだっただろう。
 写真を撮るのが趣味だって、教えてくれたのは。
「なんでだろうね。よく判らないけど、写真、好きなんだ」
 試合の帰り道だったかな。道端に咲く小さな花にふと目を止めて、不二は言ったんだ。
「綺麗なものを、ファインダー越しに眺める。それを切り取って、永遠にとどめる」
 俺は絵とか、写真とか、そう言った芸術的なものに強い興味を抱いた事はない。
 だから、不二の言ってる事なんて、判っているようで判っていなかったのかもしれないけど、なんか、少し、すごいなって感動した。
「単調な作業かもしれないけれど、それがとても感動的な作業に、思えるんだよ」
 そして、その時見せた不二の微笑みは、いつもと変わりないようでいて……とても優しくて、寂しそうに見えたんだ。

 カシャリ。
 小さな音がして、俺は振り返る。
「不二」
 フェンスに寄りかかって、不二はカメラを構えていた。
 はっきりとは判らないけど、向いている方向からしてカメラはたぶん俺を捕らえている。不二は小さく声を出して笑って、シャッターを切った。
「何してるんだよ」
「見て判らない? 写真、撮ってるんだよ」
 俺は軽く首を傾げながら、不二に近付いて、隣で、フェンスに寄りかかった。
「昨日、クラスのアルバム委員の子にさ、卒業アルバムで部活写真も何枚か使うから、テニス部の練習風景の写真持ってたら貸してって言われて」
「へえ」
「でも、一枚も持ってなかったんだ。だからちょっと撮ってみたいなって思ってさ」
 カシャリ。
 不二はシャッターを切る。
 向いている方向からして、桃と海堂が喧嘩しているところを写したんだろう。それか、ふたりの喧嘩を煽っている英二か、喧嘩を止めようとしている大石か。
「だったら、俺なんか撮らなくてもいいのに」
 タオルで汗を拭きながら、俺は笑う。
 不二は一瞬硬直してから、カメラを下ろして俺を見上げる。
「どうして?」
「だって、不二、前に言ってただろ? 綺麗なものをファインダー越しに眺めて、それを切り取るのが好きだって。だったらカメラを向けるのは俺じゃなくて――」
「綺麗だよ」
 穏やかな声が、俺の言葉を遮った。
 声はとても穏やかだったけど、その声を発した主の表情は、けして穏やかなんかじゃなかった。
 そんなふうに見えたのは、俺の目が悪いのかもしれないけれど。不二は相変わらず、微笑みを浮かべていたんだから。
「汗だくになりながら、ボールを追いかけるのも」
 不二はふたたび、カメラを目の高さまで持ち上げた。
「部や仲間たちのために、奔走するのだって」
 今まで向けていたのとは違う方向に、カメラは向いていた。
「そんな他愛もないワンシーンが、僕にはキラキラ輝いて見えるから。綺麗だよ。とても。タカさんも、海堂も、桃も、みんな」
 カシャリ、とシャッターを切る音。
 今撮ったのは、一番端のコートで越前と打ち合っている、乾かな。
「今はここには居ないけど、きっと――手塚だって」
 フィルムが巻く音がする。いつの間にそんなに撮ったのか判らないけど、フィルム一本全部使い切ったんだろう。
「終わった。これだけ撮れば充分かな」
 不二はそう言って優しく笑うけど、まるで――そう、まるで、そのカメラで自分を写す事を拒否しているみたいに、俺には思えたんだ。
 そんな事はけして、言えるわけもなかったけれど。


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