「バネさんバネさん! テニス部、あっち?」 「おう。テニス部もサッカー部も陸上部も、ぜんぶあっちだ! でも、ちゃんとテニス部に来いよ!」 「判ってるよー!」 今年中学生になったばっかりのちびっこたち(こんな事言うと、お前がでかすぎるだけなんだよって、バネさんは文句言うけど)が、バネさんに手を振って、テニス部の部室の方に走って行った。 入学式は先週の……いつだったかな。もう忘れたけど。 部活の仮入部の開始が、今日からで、俺たちは新入生の勧誘のために昇降口のとこで何年(何十年?)も使い古されたプラカード(「テニス部はこちら→」とか書いてあるやつ)持たされて、立ってた。 まあ、勧誘って言ったって、テニス部に入る奴らは、中学校入る前からテニス部入るの、決めてるだろうし。 だから、部室のあるプレハブまでの道案内みたいなもんなんだけど。 でも俺、去年、道案内役のサエさんに騙されて、部室につくのに二十分かかったけど。 おかしいと思ったんだ……部室に行くのにグラウンド五周してから、校舎の裏の左から五番目の桜の木にタッチして、屋上に行って太陽に向かって「バカヤロー!」って叫んで……なんだっけ? とにかく、寄り道とか多すぎたもん。 「なんでお前、しゃべんの下手なくせに、こんな役買って出たんだよ」 バネさんは突然、プラカードを杖代わりにして寄りかかって、俺にそんな事、聞いてきた。 「だって、サエさんが今年もやろうかなって言ったから」 「だから?」 「去年の俺みたいに、騙される奴がいたら、かわいそうだと思って……」 「いねえよ、そんな底なしのアホはお前くらいしか!」 バネさん、酷い。 俺にだって底くらいは、ある。 たぶん。 「でも去年のお前はケッサクだったな。そろそろ引き上げて部活に戻るかってサエと話してたら、屋上から『バカヤロー』って聞こえてきたからな」 「バネさん、止めてくれなかった。酷い……」 「だから、去年の俺は、止めなくても自分でおかしいって判断できる程度には、アタマのいいやつだって思ってたんだぜ? お前のこと」 嬉しいやら、悲しいやら。 あ、多分、空しいが近い。一番。 「さ、一年のやつらももうほとんど校舎出たみたいだし、俺らも部活行くか」 「うぃ」 プラカードを肩に担いで、俺らは歩き出す。とりあえず部室のある、プレハブの方に向かって。 「今日は風は、強ぇな〜」 「うぃ」 「桜の花、散りまくりじゃねえか。花びら、コートの中にも入ってんじゃねえか」 「春風は、迷惑だね」 「お前それは遠回しにお前にしては高度な駄洒落で嫌味言ってんのかこのやろう」 バネさんは息継ぎもしないで一気にそこまで言い切って、俺にヘッドロックかけてきた。 「タンマタンマバネさん、ギブ!」 俺が騒ぐと、バネさんはすぐに止めてくれる。そう言う人だ。たぶん。 俺の一歩前で、俺に振り返って、優しく笑って、そんで、俺の頭、ぐしゃぐしゃに撫でて。 桜の花びらが、視界にたくさん、飛び込んで来る。 きれいだけど。 多分、きれいなんだろうけど。 「バネさん、来年はさ」 「あ?」 「来年の桜が咲く頃は」 「ああ」 バネさんはもう、ここには。 「バネさん、泣く?」 バカなこと言うなよって、バネさんは怒るか、笑い飛ばすか、するかと思った。 でもどっちもしないで、微笑んでるような、無表情なような、微妙な感じで、 「そうかもしれねえな」 って、バネさんは言う。 「泣くなあ。多分」 「マジで?」 「ああ、だって、お前のおもりから開放されるんだろ? 嬉しくて涙が出るぜ」 そんで、ポケットに両手つっこんで、歩き出す。 ……む。 なんだよ、それ。 なんだよ。 「そんな事言うと」 「なんだよ」 「その次の桜が咲く頃には、バネさんと同じ高校に行ってやる」 バネさんは足を止める。 振り返って笑うかな、と思ったら、振り返らなかった。だから、笑ってるかも判らなかったけど。 「なんだよ。お前のおもりから解放されんの、一年だけかよ」 それだけ言ってまた、歩き出す。 「うぃ!」 俺は、短く返事して、バネさんの背中を追っかけた。 |