スポーツドリンク

「おっはよーう!」
 俺が元気に声を張り上げて部室に飛び込むと、部室ん中に居たみんなの目が、俺に集中した。
 なんだろ。俺、そんなヘンかな。姉ちゃんたちにいたずらとかされてないはずだぞ。出かけにちゃんと鏡チェックしたし!
「今日はいつもにも増して、ずいぶんハイテンションっすねえ、英二先輩」
 珍しく俺より早く来ていた桃が(まあ、今日は俺がいつもよりちょっと遅めなんだけど)、そう言って笑う。
 あれ? そう? いつもとあんまり変わらないつもりなんだけど。
「んー、やっぱ大会近いしな。テンションなんて勝手に上がっちゃうって」
「確かに、それはそうっすね」
 桃の隣をすり抜けて、俺はロッカーの前に行って荷物を放り込む。部室の一番奥で救急箱の中身のチェックをしているっぽい大石は、
「おはよう、英二」
 とか言いながら顔をあげて、いつもみたいに優しく微笑んだ――かと思ったら、ちょっと厳しい目つきになった。
 ん? なんかちょっと怒ってる?
 うーん、それとはちょっと違う感じ。何だろ。
 大石は救急箱のフタをパタン、って閉める。中身のチェック、終わってなさそうなのになあ。中途半端でやめるなんて、あんまり大石っぽくないけど。
 そんで救急箱、その辺に置いて、立ち上がって、自分の荷物をゴソゴソと漁ったかと思うと、ペットボトルを一本取り出した。
 ……スポーツドリンク?
「あげるよ。今朝買ったばかりのものだから、まだ充分冷たいと思うし、気に入らなければ冷蔵庫で冷やせばいい」
 は?
「なんで?」
 まあ、もらえるって言うなら喜んでもらっちゃうけどさ。
 こんなに突然だと、なんでくれるんだろうとか、思うじゃん。さすがの俺でも。
「スポーツドリンクはさ、その名の通り、運動後、汗を大量にかいたあとの水分補給に適するものとして開発されたんだよな。だから普段飲むには塩分だかなんだかが多すぎて、取りすぎはあまり良くないそうだ」
「へえ。大石、ヘンな事知ってるんだな〜。さっすがお母さん!」
「お母さんってな……」
 はあ、と大きくため息を吐いて、大石は頭を抱える。
 あ、うっかり本人に言っちった。まあいいや、桃とかよく「ママ〜」とか言って大石のコトからかってるし、大石もそろそろ慣れたろ。うん。
「まあそれについては今後話し合うとして……だからスポーツドリンクは、運動後以外にも摂取して有効な時があるんだよ」
「いつ」
「運動以外で、大量に汗をかくとき、だ」
 大石は、大石にしては珍しく強引に、俺の胸にスポーツドリンクのペットボトルを押し付ける。
 俺がそれを反射的に受け取っちゃうと、大石の手は俺の額に動いた。
 ……ちぇー。
 これだからイヤなんだよ、青学のママさんは。
「すぐに帰って、温かくして寝ろよ」
 何もかも気付かれた上でそんな風に優しく笑われちゃったらさ。
「はーい」
 素直に答えるしかないじゃん。俺だってさ。


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