「淳」 「うん?」 「寒い」 「二月だからね。当然じゃない?」 亮の訴えに、俺がそっけなく返すと、亮は少し不満げにくすくすと笑う。 「休み時間は窓を開けて、空気を入れ換えましょう」なんて、校内中にポスターは貼ってあるし、ホームルームでも言われるし、全校集会でも言われるし、放送でも流れるし。 けれど寒さに耐えきれず(グラウンドではしゃいでる時ならともかく、教室内ではしゃぐには限度があるから)、大抵の教室の窓は滅多に開かなくて、休み時間のたびに律儀に空気の入れ換えをしているクラスは、学校中にふたつしかないんじゃないかと思う。 ひとつは亮のクラス。 もうひとつは、俺のクラス。 特別用があるわけでもないのに、亮が昼休みにわざわざ俺のクラスに来たのは、自分のクラスの寒さに耐えかねてなんだろう。そこで、同じだけの寒さを味わったら、文句のひとつも言いたくなるかも知れない。 でも、別に。 俺のせいじゃないしね……くすくす。 「お前、寒くないのか?」 「まあ、寒いけど?」 亮はじっと俺を見る。 見たって、鏡見てるのとほとんど変わらないのに。顔立ちはもちろん、髪の長さだって、表情の作り方だって、ほとんど同じなのになあ。 「寒そうに見えないぞ」 「亮も寒そうにしているようには見えないから、おあいこだろ……くすくす」 俺がそう言って笑うと、亮はふと、俺の手元に釘付けになる。 「その手袋が、温かいとか?」 どうやら、俺と亮の唯一の差とも言えるグローブで、俺が暖を取っていると思ったらしい。 こんなので温かくなるわけないじゃないか。 「つけてみる?」 俺が両手のグローブを外して亮に差し出すと、亮はためらう事なくグローブを手にはめる。 両手にはめ終えて、一、二回、手のひらを握ったり開いたりして。 「……やっぱり、こんな穴のあいたのじゃ、温かいわけないか」 穴の開いたのってまた、ひどい言い方だなあ。使い古してボロボロになったみたいじゃないか。指先は元々無いんだってば。 「でも少しはマシかもな」 「そう?」 「手のひらが温かい。少しだけね」 「重要なのは指先だろ。くすくす」 「そうなんだけどね。くすくす」 お互い顔を見合わせて、くすくす笑っていた所に、俺の背後からぬっと小柄な影が現れた。 「おい、淳!」 それは俺のクラスメイトで、俺の名前を呼んでいるのに、俺の横を通りすぎる。俺の前の席を勝手に借りて座っている亮の隣に立つと、亮を見下ろしながら言ったんだ。 「お前、数学の宿題、やって来たか?」 亮は首を傾げつつ俺を見て。 俺も首を傾げつつ亮を見て。 こいつは何を言っているんだ? と無言で五秒くらい相談してから、ようやく意味が判った。 顔も良く似ていて、髪の長さもほとんど同じな俺たちを、他人が見分ける技はたったひとつ。 それなのにそのたったひとつが、普段とは逆で、亮が身につけてしまっているから、こうして間違えられてしまうんだ。 「なにふたりしてくすくす笑ってるんだよ。気持ち悪いな」 「いや、だって、淳は俺だから」 「え!? なんだよお前ら、紛らわしい事すんなよ!」 「くすくす。ごめんごめん」 お詫びの印に、俺は机の中から宿題をちゃんと終わらせた(と言っても、授業の進行が一日だけはやい亮のノートを写しただけなんだけど)ノートを取り出して、彼に渡してみた。 そんな事があったから。 「何やってんだ? 淳。入れ替わりなんてガキっぽい事すんなよ!」 放課後、バネが俺に向かっていきなりそう言ってきた時、俺たちはすごくものすごく驚いた。 なんで驚いたかってもちろん、俺の手にグローブはなくて、俺のグローブを亮がはめていたから、なんだけれど。 「俺、淳?」 「ぅえ!? ち、違ったか? 亮なのか? わ、悪ぃ!」 いや。 バネはぜんぜん悪くない。悪くないんだけど。 カンの鋭いサエあたりならもしかしたら気付いちゃうかなとは思ったけど、他の連中ならすっかり騙されてくれるんじゃ、って思っていたから。 まして一番何も考えてなさそうなバネにすらばれるなんて。 この驚きを誰に伝えようって、仕掛人の相方である亮しか居ないから、俺は振り返る。 「亮、なんて今日は手袋してるの。とうとうそこまで淳とおそろいにしちゃったのね?」 そしたら亮の方は亮の方で、同じ驚きを樹っちゃんから食らっていた。 俺と亮は、見つめあう。 驚いたとか、それだけではなくて、何て言うか、不思議な気持ちで。 なんだろう……ああ、そうか。 嬉しい、のかな。 伊達に双子じゃ無いと言うか、俺がそう結論付けたのと、亮が結論付けた(多分同じ答えを)のは、ほとんど同時。 だから、ふたりして顔つき合せて、くすくす笑ったのもほぼ同時だった。 |