他人の家で出されるものは、一種のギャンブルだと思う。 行きがけにコンビニやらスーパーやらで買っていくのなら、ある程度自分で選択する事になるから問題ないけれど、そうじゃなくて相手の家で準備されてるものってちょっと不安だなあ。飲めない飲み物とか、食べられない食べ物とかを、出される可能性もあるわけだし。 僕は他人に弱みを見せるのも知られるのも好きじゃないんだよね。まあ、それが大好きだと言う人を聞いた事はないけれど。 別に弱い事が駄目だとかそう言う意味じゃなくて、なんとなく、おもしろくないじゃない。 人生いつでも楽しく笑顔で、をモットーとしている僕としては、おもしろくないと判っている事を、わざわざやりたくはないし。 知りたがっている人(たとえば、乾だね)に隠し通すのも、また面白かったりするし。 「えっとねー、コーヒーとー、紅茶とー、ジュースとー、麦茶があるよ! コーヒーと紅茶はアイスも可! 何がいい?」 「えっと、アイスティーかな」 「コーヒー」 「僕は紅茶で」 「りょうか〜い、ちょっと待っててね!」 そうして、僕とタカさんと乾の三人を自室に残して英二が去って行ったのは、五分くらい前の事。 自分の分のジュースを加えて、四人分の飲み物を持って戻ってきたのが、たった今の事で。 さて。 どうしようかな。 僕は目の前に置かれた、もの凄い量の湯気を発生させるティーカップに視線を落とす。 「あんねー、その紅茶、こないだ姉ちゃんが買ってきたやつなんだけど、すっげー美味いんだよ。だから、温かいうちに飲んで飲んで!」 目の前には無邪気に笑う英二。 英二がこの僕に嫌がらせをするような事はまずありえないから(それほど恐れ知らずじゃないだろう?)、これは純然たる好意なんだと判ってるんだけど。 どう見ても。 熱すぎるんだよね、英二。 カップに触るのがやっとなんだけど……。 「ふむ、美味いな。このコーヒー豆はもしかして……」 僕ほど熱くはないのか(湯気の量からして多分そうだ)、コーヒーをすすり、豆の品種について語り出す乾。英二はそれを聞きながら、「へー、そうなんだー」と感心している。 うーん。そろそろ飲まないと怪しまれるかなあ。 でも、よりによってここに乾が居るしなあ。 口を付けてうっかり「熱い」なんて言おうものなら、あの常に持ち歩いているデータノートの僕のページに、「猫舌」とか書かれそうじゃない? それって、嫌だなあ。 かと言ってこのまま口付けなくても、同じっぽいし。 「英二、あれ何?」 「ほへ?」 「ん?」 突然タカさんが、英二と乾の間あたりを指差す。 ふたりはタカさんが指差した方向に振り返る。僕の視線も、もちろんそこに向かったわけだけど。 その隙を突くように。 タカさんのアイスティーの中で浮いていた氷がひとつ、僕の紅茶の中に静かに落ちた。 え? 「あ、これねー、兄ちゃんが中学校の時書いた絵でさ、なんか賞とったらしいんだよねー」 英二の説明をふむふむと頷きながら聞く乾。 僕は驚いて、英二や乾の存在をその一瞬すっかり忘れて、タカさんを見上げる。 タカさんは「内緒だよ」とでも言いたげに、微笑みながら人差し指を口の前に立てていた。 ――訂正。 弱みを知られてしまっても、笑顔で隣に居られる相手も居るんだね。 僕は微笑んだまま、少しだけ温度が下がった紅茶に口を付けた。 |