特にいつもと変わった所があるわけじゃなかったけど。 いつも通りの時間にいつも通りの量の夕ご飯を食べて、いつも通りの時間にお風呂に入って、お風呂上りにバスタオルを肩にかけたまま、リビングのソファに座ってテレビを見る。 なんてことのない普段通りの時間の流れに、なんとなく緊張感のみたいなものがあるように見えたのは、その「普段通り」が自然な流れに見えなかったからかもしれない。普段通りを装っているような、そんな感じに見えたんだ。少なくとも私には。 お兄ちゃんの動作に特別異常な所があったのかって言うと、そう言うわけでもなくて、やっぱり私は伊達に十四年間も妹をしているわけじゃないんだなあ、と自分で自分に感心した。 私は手の中にあるものを背中に隠すようにしてお兄ちゃんに近付いて、ぼす、っと隣に座る。 お兄ちゃんは振り返らない。 私に気付かなかったわけでも、私を無視しているわけでもない。テレビを見るために私(に限らず家族の誰かが)が無言でリビングに入ってくるのは特別おかしい事ではなくて、たまたま隣に座った事も、また特別おかしな事ではないから。 気にするべき事ではないから、振り返らない。 ……ようにしてるのよね、きっと、お兄ちゃんは。 「ねえ、お兄ちゃん」 「……なんだ」 声をかけると、お兄ちゃんはちゃんと振り返ってくれた。 いつもと変わらない、すました顔。老けて見えるのは顔立ちのせいじゃなくて雰囲気のせいだ、と思うのは、身内びいきってやつなのかしら。ひいきするつもりなんてこれっぽっちもないけど。 「これ、私からね」 ずっとずっと私の部屋の、机の引出しの中に入れっぱなしにしてたものを、背中の後ろから現して、お兄ちゃんの胸につきつける。 何の変哲もない、近所の写真屋さんの紙袋。 「お前からの、何だ」 お兄ちゃんはそう疑問を口にしながらも、とりあえず受けとって、中から写真を取り出す。 アルバムにも入れてない、受けとってきてそのままにしておいた、二十四枚の写真。 撮ったのは私だから、あんまり上手くないけど、そんな文句は言わせないわよ。 「私から、お兄ちゃんへの、卒業祝い。一日早いけど、明日は神尾くんたちがお兄ちゃんに泣きついちゃって、私が入る隙間もなさそうだから」 お兄ちゃんは写真を手にした両手を、一瞬だけ硬直させたけれど、何事もなかったように一枚一枚ゆっくりと、写真を見はじめた。 ほとんどは、大会の写真。何枚かは中学のテニスコートでの練習風景もある。 地区大会の頃はまだ考え付いてなかったから、都大会以降のなんだけど、一枚一枚、けっこう、想いを込めて撮ってみたのよ、私。 「五月くらいだったかなあ。今高一のお姉ちゃんが居る友達に聞いたの。卒業の記念品のひとつに、写真たてがあるんだって」 ケンカしてる内村くんと神尾くんを、桜井くんとお兄ちゃんがふたりで止めてる写真を見て、お兄ちゃんはふっ、と柔らかく微笑む。 「だからね、そこに飾る写真をね、贈ろうと思ったの」 ほんとうは、「これ!」って言う一枚を贈ろうと思ったんだけど、なかなか決められなくて。 どれもこれも、皆がお兄ちゃんを慕ってる所ばっかりで、どれが一番いいか判らなかったんだもん。 「ありがとう、杏」 お兄ちゃんは写真をめくりながら、優しい声で言った。 その声を聞くだけで判ってしまったけど、それでもまだ確かめるように、私は聞き返す。 「感謝してる?」 「ああ」 「嬉しい?」 「ああ」 優しい眼差しで、写真の中の後輩たちを見下ろして、お兄ちゃんは力強い肯定を返してくれた。 そう。じゃあ。 「そりゃそうよね。かわいい妹が、こんな健気な事してくれちゃったんだから」 「……」 ちょっと! なんでそこでは、「ああ」って返してくれないのよ、もう! |