たぶんそれは、ただの好奇心だったのだと思う。 英二はひょこひょこと手塚のそばに歩みよって言ったかと思うと、突然質問を投げかけた。 「あのさー手塚、友達と待ち合わせするとするじゃん。そんでさあ、その友達が、待ち合わせに遅れてくんのね。手塚は、どのくらいなら待てる?」 それは今朝方、僕がクラスメイトと話していて何気なく出てきた話で、三時間目の休み時間あたりだったかな、僕が英二に何気なく振った質問。 話題自体がおもしろいかと言うとそうでも無いんだろうけれど、答えにキャラクターがにじみ出てきて、それがけっこうおもしろいんだよね。 手塚はゆっくりと英二を見下ろして、それからゆっくりと視線を反らして、 「判らん」 短く答えた。 「判らんってなんだよー! 自分の事だろ、判れよ!」 「……」 「ムカシの事とか思い出してみてさ! 友達に遅刻された時、どのくらい待てたのさー」 英二って、こう言うくだらない事では絶対に諦めたりしないんだよね。黙り込んだ手塚にしつこく食い付いている。 「……ない」 観念したのか、それとも今までの沈黙は答えに悩んでいたからなのか、手塚は低い声で言った。 「ない?」 「ああ」 「遅刻されたことが? うっそだー!」 と、英二は派手に驚いているけれど。 なんとなく僕は、手塚の言った事に納得ができた。 だって手塚だからね。そもそも時間にルーズな友達が居なさそうじゃない? 昔の事は知らないけれど、今の友達代表はあの大石だしね。待ち合わせが十時だったら、九時半ごろに集まって行動開始しても、僕は驚かないよ。 まあ時間にきっちりした人間でも、アクシデントで遅れることもあるだろうけれど、それは今まで運良く無かったって事かな。 「ちぇー、つまんない。じゃあじゃあ、乾は?」 「そもそもどう言う状態を『待つ』を言うか、その定義が必要だな。相手に連絡を取ろうとする、つまり携帯電話を所有している相手だとすれば、それに電話をかけるまでが『待つ』なのか、あらゆる手をつくして友人と合流するまでが『待つ』なのか。あるいは文明の利器に頼らず、だまってその場でじっとして相手がやってくるまでが『待つ』なのか。相手がどんな人物であるかも問題だな。越前のように遅刻の常習犯なのか、大石のように時間前行動が当然の人間か」 「むー。難しい事言うなよなー! もういいよ!」 英二はすっかり拗ねて、質問を投げかけるのを諦めてしまった。 英二が聞く相手を明らかに間違えてるだけだと思うんだけどね。まあ、英二がそうやって拗ねたところで、手塚も乾も機嫌を損ねたりしないから、いいけどね(手塚はそもそももう英二の事なんて気にしていないのかもしれない)。 「では対象を変えてみるか、菊丸」 乾は何か名案が閃いたのか、薄気味悪く笑った。 「大石ならば、どのくらい待つと思う?」 そう乾が訊ねると、英二難しそうな顔をした。 他人の事なんていきなり振られても、判るものじゃないよね。 「三十分くらいは黙って待ってそうだよね、大石の事だから」 「俺は一時間くらいは余裕だと思うけどね。どう思う? 手塚」 「……そうだな」 「大石だったら朝待ち合わせしても、日が暮れるまで待っててもおかしくない気がするなぁ……」 それまで話を聞いていただけのタカさんも、いつの間にか話に参加していた。 みんな、タカさんの意見に思う所があったんだろう。黙り込んで、英二なんて思いつめたような顔をして考え込んでいる。 みんな、なんだかんだ言って時間に律儀なんだね。こんな風に答えに迷うなんて、大石の事を待たせた事がない証拠だ。 やがてがちゃりと、部室のドアが開いた。 もちろん、入ってきたのは大石。 「大石ぃ……」 「どうかしたのか? 元気がないな、英二」 首を傾げて、大石が英二の顔を覗き込むと、 「俺……俺、絶対に遅刻なんかしないからな!」 英二は部室の外まで響き渡るような大声で、決意表明をした。 英二の事だから、風の日も雨の日も、にこにこ微笑みながら待ち続ける大石の事想像して、切ない気持ちになってしまったんだろうけど。 「はあ? 突然何を言ってるんだ? 英二」 当の大石は話が判っていなくて(当然だよね)、困惑していた。 「乾、乾」 僕はなんだか楽しくなってしまって、ひとり盛り上がる英二と、英二を宥める大石を横目に、小声で乾を呼ぶ。 「どうした」 「僕さ、以前に一度だけ、大石との待ち合わせに三分くらい遅刻した事があるんだよね。いつも通ってる道がその日たまたま工事中でさ、遠回りして行ったら遅れちゃって」 「ほう。それで?」 「待ち合わせ時間の二分後に、電話がかかってきたよ。『不二? 大丈夫か? 何かあったのか?』ってね」 乾は一瞬だけ言葉を失ってから、 「……そう来たか」 と小さく答えた。 まあね。僕が普段、時間に遅れないからだと思うけどさ。 お母さんはやっぱり、心配性だって事だよ。 |