「おはよう!」 毎朝毎朝無駄に爽やかな笑顔で登場する副部長が部室に入ってくると、みんなが挨拶を返す。それはいつもの事だ。 ただし今朝はいつもと少し違う。 ウチの副部長が無駄に爽やかだとしたら、ウチの部長は無駄に元気がありあまっていて、それなのにサエに挨拶を返すどころか、気まずそうに視線を反らして、そそくさと部室を出ていった。 「剣太郎?」 剣太郎の異常に気付いたんだろう、サエも呼び止めていたが、剣太郎は足を止めるどころか振り返りもしない。 どーゆーこった。 「サエ、剣太郎に避けられてるのね?」 「みたいだねえ。なんでだろう」 「心当たり、ねえのか?」 「あるわけないだろ。この俺が」 お前だからこそいくらでもありそうなんだけどな、とは、言わないでおいてやったが。 「なんかあるだろ? 昨日の部活で剣太郎をいじめたとか」 「昨日家に帰ってから電話かけていじめたとか」 「……俺を剣太郎いじめマシーンみたいに言わないでくれないかな」 サエは微笑みでみんなにそう返してはいたが。 付き合いの長い六角の仲間たちは、サエの微笑み方の微妙な違いで、不機嫌なのかそうでないのかは、区別がついちまう。 みんな「触らぬ神にたたりなし」とばかりに、それ以上言わなかった。 「気になる」 低い声で短く言い切ったダビデは、どこからともなくりんごを取り出す。 「これは、木になる」 「少し黙ってろこのダビデ野郎!」 俺は思いきりダビデを蹴り飛ばした。 倒れるダビデの手を離れたりんごが宙を舞う。俺はそれを落とさないようにキャッチする。 そう言えば俺、腹減ってたんだ。朝飯が少なくてな。もらっちまおう。 「ダビデもバネも、剣太郎の事が心配じゃないの? くすくす」 「おいおい、このダジャレ野郎と俺を一緒にすんなよ。ちゃんと心配してるって」 とは言ってみたものの、みんな俺を胡散臭そうな目で見やがる。 嘘じゃねえって。 でもまあ、りんごにかじりつきながらじゃ、説得力がないんだろうな。みんな俺と言うよりりんご見てやがるからな。 俺はダビデのそばにしゃがみこんで、ダビデの手に食べかけのりんごを渡してから、立ち上がった。 「このまんまじゃなんか嫌な空気だし、なんでサエを避けてるのか、サエ以外のやつがそれとなく聞いてみたらどうだ?」 「うん、それはいいと思う。賛成!」 自分は面倒な事を何もしなくて言いからか、サエのやつ、無責任に賛成しやがって。 「じゃあその役目は、黒羽春風がいいと思う人!」 「んなっ」 『はーい!』 見ると、その場にいた全員が手を上げていた。 「てめえら、なんでそんなに息が合ってんだよ!」 「だって俺たち、仲良しだもんな」 「六角中の自慢は、個々の能力の高さと、団結力が共存している事だよ、バネ。くすくす」 「集団で俺にやっかいごとをおしつけるのが、団結力かよ!」 「あれ? 違うんだ?」 ……。 なんか、反論するのもめんどくせえ。 判ったよ、俺が行けばいいんだろ、俺が! 剣太郎はコートの外で、ひとりウォーミングアップをしていた。 いつものアホみたいに元気な掛け声も笑顔も無く、ひとり黙々と。 そうとうおかしいな、こりゃ。 「おい、剣太郎!」 俺が名前を呼ぶと、剣太郎はしけたツラで振り返る。 「なんて顔してんだよ、お前」 「バネさん……」 「サエとなんかあったのか?」 自慢にもならねえが、裏を読むとかひねりと入れるとか、そう言うのは俺は苦手だ。 だから思いっきり直球で聞いてみた。 剣太郎はなんつうか、すがるような目で俺を見上げてきて、ゆっくりと伸ばしてきた手で、俺のジャージの裾を掴む。 「ボクがさ、いつも言ってるだろ。ちゅーしたいって」 「おう」 「そしたらサエさんがね『どんな子とキスしたいんだ』って聞いてきたんだ」 「へえ」 「だからボクはね、ものすごくかわいいか、ものすごくきれいな子がいいって」 つまり、顔が良ければいいって事だな。判ってたけどよ。 「年上ってのもいいかな〜なんて言ったらさ」 まあ、お前みたいな甘ったれ(ダビデよりはマシか)、その方がいいかもな。 「サエさんが、『なんだ。つまり、俺じゃん』とか言ってね……それで」 「ちょ、っと、待て。剣太郎」 確かにサエは、きれいな顔してっけど。年上だけど! 「ボクはやだってずっと言ってたのに、サエさん、ボクにムリヤリちゅーを……」 「マジかよ!?」 「……って、夢を見たんだ」 「って夢かよ! ビックリさせんなよ!」 いや、まあ。 ちょっとおかしいとは思ってたんだけどな。 ちょっとと言うか、だいぶと言うか、ありえないとは思ってたんだけどな。 コイツが本気で落ち込んでるっぽいから、本当なのかと、ちょっと思っちまっただろ。 「まあ、夢とは言え、凹む気持ちは判るけどな。現実のサエは、そんな事しねえから……たぶん」 「たぶん!?」 「いや、絶対?」 「疑問系なの!?」 「とにかく、あんな風に避けるの止めとけ」 剣太郎はしばらくの間、胡散臭そうに俺を見上げていたが、細かい事を気にするのを止めたのか、いつもの元気のいい笑顔を見せてくれた。 「うん。ごめん」 俺はさわりごこちのいい剣太郎の頭をなでぐりまわす。 「謝るなら俺にじゃなくて、サエにだろ」 「……うん!」 元気のいい剣太郎の返事を聞いて、これでひと安心、っと。 俺は剣太郎をその場に置いて、部室に戻った。 『どうだった!?』 部室のドアを開けた瞬間、全員が俺に迫ってくる。 まったく。みんな、そんなに心配なら、俺をけしかけたりしないで自分で剣太郎のとこ行けってんだ。 俺はみんなの顔を一通り見回して、最後にサエの顔を見下ろして、言った。 「サエに、いじめられたんだとよ」 |