この地区のテニスプレイヤーがよく集まる、いわゆる「いつものストリートテニス場」のど真ん中、ネットを挟んで立つふたりが、テニスしながら口論していた。 「そう言えば桃城! なんだよこの間のメールはよ!」 「あれ? 気に入らなかったか? おもしろかっただろ?」 「なーにがおもしろいだ! くだらねえダジャレばっかりずらずら並べやがって!」 「俺が考えたんじゃねぇって! 不二先輩から回ってきたチェーンメールだって!」 「なんでチェーンメールを回すんだよ!」 怒りを込めた神尾の強烈なスマッシュが、桃城側コートのすみに突き刺さる。 「30−15」 コールしてから、ふと考える。 よく考えたらさあ、なんで俺が神尾と桃城の試合の審判、してやらなきゃならないのかなあ。まあさ、それがストリートテニス場のマナーだってのは俺だって判ってるつもりだしさ、審判やる事自体に不満があるわけじゃないよ。 でもさあ、俺の斜め後ろでは、生意気な一年がファンタ飲みながら試合見学してるわけなんだよ。 後輩である事を考えれば、こいつが審判をして当然なんじゃないの? 「あのさあ、越前くん」 「何」 「審判、代わってくれない」 「やだ」 「なんでもかんでもやだって言えばいいと思ってるのかよ……青学のひとたちさあ、こいつを甘やかしすぎなんじゃないの? ただでさえ生意気なのに、それに拍車をかけるような事してさ。一年は黙ってボール拾ってろって感じだよ……」 まったく。なんで俺が他校生の一年生をしつけてやらないとならないわけ。同じ学校の桃城とかがやるべきだろ。って言うか青学の三年生は何をしてるわけ? 橘さんなら絶対にこんなやつ、野放しにしたりしないよ。 むかつくよなあ。何とかならないのかなあ。 ああそう言えば、この間神尾と桃城がメールアドレス交換していた時、俺も一応教えられてたんだっけ。じゃああとで桃城に忠告メールでも送ってやろうかな……ついでにチェーンメールを回すなとも入れてさ……。 「あ」 俺はふと、とある事に気付いて、越前くんに振り返る。 「何?」 「今気付いたんだけど、俺、君のメールアドレス知らないよね」 「たぶんね。教えてないし。大体俺、メール嫌いだから。めんどくさい」 ああなんか、それっぽいよね。こいつ。 こいつの事だから、他人に呼び出されるのがめんどくさいとか言って、携帯持ち歩いておきながら電源入れてないんじゃないの。そのくせ自分に都合がいい時だけ電話かけて、桃城を足に使ったりするんだよきっと。 うわあ最悪……自分よければすべて良しかよ……人間としてそれはどうなのかなあ……。 「じゃあ電話番号でいいや。教えてよ。携帯じゃなくてもいいよ、むしろ家の方がいいかな」 「……何で?」 空になったファンタの缶を、遠く離れたゴミ箱に投げ入れる。 何それ。コントロールを自慢してるつもり? あのくらい俺にだって簡単にできるんだけど。ゴミ箱に背中向けてたってできるね。自慢する相手間違えてるんじゃない? 神尾や桃城なら「すげー!」って驚いてくれるかもしれないしね。 「嫌がらせに思いっきりいたずら電話とかかけてみたらおもしろそうだなあと思ってさ。君のお父さんの不倫相手になりきって、君のお母さん相手に『別れてください!』とか言ってみて家庭崩壊に持っていくのとかどうかな」 「……本気で言ってんの?」 「割とね」 越前くんは目を細めて俺を見上げて、帽子を被りなおしたかと思うと、くるりと踵を返してこの場を立ち去る。 どこにいくのかと思えば、自販機でファンタを勝って、また元の位置に戻ってきた。 そしてぷしゅ、と小さな音を立てて開けて、二口三口、喉を通してから、 「アンタ見た目はともかく、声は明らかに男だって判るくらい低いんだから、女のフリなんて無理なんじゃないの」 とか言った。 「……ああ」 じゃあ、女装して、聴覚障害のふりをして、越前くんちに押しかければいいのかな。 そこまで考えて、なんでこいつにいやがらせをするためにそこまでしなきゃいけないのかと気付いて、やめる事にした。 「40−15」 神尾と桃城の試合はもうすぐ終わるし。そうしたら、次は俺と越前くんの対戦。 越前くんの根性は、その時叩きなおしてやればいいか。 |