五月の終わり。 夏に向けて徐々に気温が上がるこの季節、部活後の火照った体には暑いなあと思いつつ、手で持ち帰るのは面倒だから、俺は上着を羽織る。 汚れが目立つ、真っ白い学ラン。 おとなしく真面目な生活をしていても、制服が汚れてしまうのはよくある事で、その度に「なんでこんな制服の学校を選んだのよ。普通の黒い制服だったらこんな汚れ、放っておいても良かったのに!」なんて母親に怒られてるのは、多分俺だけじゃないと思う。 「あー、もう六月か」 俺の隣で、やっぱり制服を羽織りつつ、東方がボソリと呟いた。 「ああ、六月だな」 気のない返事をすると、東方はかがみこんで、不思議そうに俺の顔を覗き込む。 「どうした? なんか元気ないな。疲れたか? それとも腹減った? どっちにしても、いつものコロッケ食えば復活するって」 東方は笑いながら、俺の背中をガシガシと叩く。 俺はどっかの誰かと違ってそこまで単純じゃないんだけどな。 まあ、いいけど。 「そんなんじゃないって」 「じゃあなんだよ」 「この時期は憂鬱になるんだよ。二年前から」 「だからなんで――って、ああ、そうか」 東方は俺の言いたい事を理解したのか、苦笑しながら頷いた。 そう、今は五月の終わり。 あと数日で、恐怖の六月がやってきてしまう。 「……衣替えだもんなあ」 「ああ、衣替えなんだよ」 はあ、と。 俺と東方はほぼ同時に、深く長いため息を吐く。 冬の白ランもそれなりにありえないと思いつつ、まあ何て言うか、許容範囲? だと思うんだよな。慣れちまったせいかもしれないけれど。 でも、夏服はな。 俺みたいな常識人にとっては、二年間山吹中の生徒をしていても、許容範囲を越えまくったありえなさだ。 「またアレ着ないといけないんだな」 「もう二年も着てるはずなのに、慣れないんだよなあ、アレは」 「着ちまって二、三日もすれば結構開き直れるんだけど、どうも最初に着るのが、戸惑うっつうか、なんつうか。それに俺、去年どっかの修学旅行生だと思うんだけど、すっげえ普通のセーラー服着た女の子たちに指差されて笑われたのが忘れられなくてさ……」 東方はぽん、と俺の肩にでかい手を乗せた。 身長差的手が置きやすいのか(でも俺も千石の肩に手、置きやすいから、たぶんそうなんだと思う)、東方の手が俺の肩に乗る事はしょっちゅうだけども。 今日はなんだか、いつもより温かく感じるのは、気のせいか。 「それはトラウマにもなるさ。お前は悪くない」 「……ありがとう」 こうして理解者がいてくれるのは、幸せな事だと思う。 こんな事千石に言おうものなら、「え? いいんじゃない? 目立つじゃんこの制服! 地味’sも地味じゃなくなるよ〜!」とかヒデェ事言われそうだし。 室町あたりじゃ「別にどうでもいいですよ、たかが制服ですし」とか、クールに返されそうだし。 太一は、何着ても可愛いから許されてちまって、だから本人、制服のデザインなんぞ、ちっとも気にしないだろうし。 「東方」 「ん?」 「お前が居て良かったよ」 俺が正直な気持ちを告げると、東方は照れくさそうに微笑んだ。 本当に。 このテニス部に東方が居てくれて良かった。東方とダブルス組めて良かった。そう思う。 そんな運命の代償に、このおかしな制服を着なければならなかったんだと思えば――ちょっとは救われるさ。 ちょっとどころか、だいぶか? 「南。おかしな制服にも負けず、明日っからも頑張ろうぜ」 小突いてくる東方の拳を小突き返し、俺は元気良く応えた。 「おう!」 |