可愛くない下級生

「しかしすげーッスよね、橘さんは!」
 一体コイツは何しに来たんだろう。
 青学二年、桃城武は、不動峰一同のなごやかな昼休みを邪魔しに来たかと思いきや、ちゃっかり橘さんの正面を陣取りやがった。
 あぐらをかいて座り込み、腕組んで目を瞑って、なんかひとり勝手に納得したのか頷きやがって。って言うか帰れよお前。それかお前と一緒に来た河村さんを見習えよ。隅っこにいる石田の隣に座ってるじゃねーか。
「なあにー、モモシロくん。ようやく兄さんの実力を認めた?」
「いや正直テニスの方は試合ちゃんと見た事ねぇから判らねぇけど」
 なんだとこの野郎! 橘さんは本当にスゲーんだぞ! お前なんかすぐにやられちまうんだからな!
 あーもーイラつくなあ、なんなんだよ桃城! 橘さんと杏ちゃんに絡むなんてそんなおいしいポジション、よそものがひとりじめしていいと思ってんのか!
「なんっつーのか、統率力ってんですか? いくら後輩つったって、こんなリズムにのってんのとかボヤいてんのとか相手の顔面狙うのとか相手の腕壊しちまうような連中を、しっかり制御できててすげえなって思いましたよ。俺にもかっわいくない、生意気な後輩がひとり居るんですけどね、なかなか上手くいかなくて。俺を財布かパシリだと思ってますよ、ヤツは、絶対!」
 桃城のやつが、橘さんを認めているのは嬉しい。いやまあ、当然の事だけどな! だって橘さんはすげえもん!
 けどさりげなく(?)俺らをバカにしやがった、こいつ。ムカツク。他の連中はともかく、リズムにのるのは別に関係ないだろ!
「君に先輩としての威厳が無いだけじゃないの。俺君が先輩だったとしても絶対従う気になれないし」
「あー? 今なんつった」
「頭が悪そうだとは思ってたけど耳まで悪いんだ。ふーん。君、かわいそうだね。何かひとつくらいとりえ作っといた方がいいよ? まあ俺が忠告してやる義理なんてないけどさ……」
 このやろう桃城! 深司をボヤかすんじゃねえよ、めんどくさい!
「深司」
 延々と続きそうな深司のボヤキを、一言で止めてしまう橘さん。
 やっぱ、スゲーよ橘さん。さすが!
「それ! その極意はなんッスか橘さん。ちょっと教えてくれません?」
 ばーか桃城! お前にこんなスゴ技できるわけねーだろ! 橘さんだからできるんだよ!
 って橘さん、桃城なんかのために、そんな腕組んで考えこまなくていいですってば! ゆっくりご飯、食べてくださいって。
「そうだな。月並みな意見にしかならないが……欠点ではなく個性だと思えばいいんじゃないか?」
 橘さんが微笑みながら答えると、桃城は理解できなかったのか、眉間に皺を寄せる。
 あー、お前やっぱバカだろ桃城。ははん。
 ……実は俺もイマイチ判ってないけどさ。
「桃城、お前は越前リョーマを、『生意気だから可愛くない』と思っているだろう?」
「はあ」
「俺は、神尾の事を『リズムにのっているから可愛くない』とか、深司の事を『ボヤいているから可愛くない』とか、内村の事を『顔面狙っているから可愛くない』とか、石田の事を『波動級の破壊力が恐ろしいから可愛くない』とは思っていないぞ」
「……マジっすか?」
「ああ」
 桃城の問いかけに橘さんは頷く。
 ……橘さん……!
 やべー、俺今すげー感動した! さすが橘さんだ! と思ったぜ! 他はともかくボヤいてるのはどう考えても可愛くないってのに!
 なんかこう、この気持ちを誰かに訴えたくて、周りを見回してみたら、皆も俺と同じ気持ちみたいで、橘さんに憧れのまなざしを注いでいる。
「橘さん」
「なんだ、どうした桜井」
「橘さんがうちの学校来てくれて、本当によかったです」
「……なんだ突然」
 橘さんはちょっと、ぎょっとした顔をしたけれど、すぐに嬉しそうに微笑んでくれた。
「俺、不動峰入ってよかったです。まかり間違って青学なんかに入ってたら、橘さんと一緒にテニスできなかったんですから!」
 桜井に続けとばかりに、俺が正直な気持ちを口にする。
 俺たちはみんな幸せで、多分みんな、温かい気持ちになっていたはずなんだけど。
「青学なんかたあなんだよ、神尾」
 余計な奴が口挟んできやがった。
 なんだお前まだ居たのかよ。邪魔すんなよ。不動峰じゃない奴が居るべきとこじゃないって空気でわかんだろ。どうしても居たいなら河村さんみたいに静かにしてろよ。
「橘さんの居る不動峰に比べりゃあ、青学なんかしょぼいつったんだよ!」
「んだとぉ? うちにだって全国区の手塚部長がなあ!」
「手塚さんは強いだけじゃねえか! 橘さんはな、テニスだけじゃなくて宿題だって教えてくれるんだぞ!」
「宿題ならうちだって大石部長代理や乾先輩が教えてくれるって!」
「でもクソまずい汁飲ませるんだろ? 橘さんなんか料理上手でときどき差し入れまでしてくれるんだぞ? これがむちゃくちゃうめーんだ!」
「うちはタカさんちが寿司屋だから、祝賀会で寿司食べ放題だぜ! 料理なら英二先輩だって得意だしな!」
「橘さんは器用だから、部室の壊れたロッカーだってすぐに直せるんだぞ!」
「うちは設備に金かかってるからそう簡単にロッカー壊れねえって!」
「……その辺にしておけ」
 桃城と至近距離で睨み合う俺の肩に、橘さんの手が触れた。
 なんでですか橘さん! 俺、まだぜんぜん語り足りないですよ!
「だってよう橘さん! こいつちっとも橘さんの偉大さを判ってねーんだ!」
「偉大ってな……」
「いや、悔しいッスけど、それは判りましたよ」
 ……へ?
 なんだよ桃城、やけに素直じゃねえか。拍子抜けだな。まあ判ればいいんだよ、判れば。
「ありがとうございます橘さん、参考になりました。俺も越前にメシ食わせてやったり、宿題教えてやったりして、尊敬される先輩になってみせますよ。したらアイツも可愛く見えてきますよね」
「……おそらくはな」
「はい! じゃあ、そう言う事で!」
 しゅたっ、と桃城は元気よく立ち上がって、手を振って走り去っていく。
 なんだったんだ、あいつ。つうか何しに来たんだ?
 まあいいか。ようやく居なくなってくれたし。昼飯の続き、食おうっと。
「桃がご飯作ったり宿題教えても、逆に馬鹿にされると思うけどなあ……」
 ひとり残された河村さんの、心配そうな呟きが、桃城の暗い未来を象徴しているように思えた。


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