ロッカーの鍵

「あ」
 全員で口を揃えて、「腹減ったなあ」なんて言いながらの帰り道。
 動体視力が売りのサエは、普通に視力も良いもんだから、誰よりも先に「それ」に気が付いた。
 サエは早歩きと走るの間くらいの、微妙な速度で「それ」に駆けよって、拾い上げる。傾いた夕日をあびて、サエの手の中のものがキラリと光った。
「どうしたのね、サエ」
「んー、なんか、鍵みたいだね。コインロッカー、かな?」
 それまで通りのペースで歩いて、サエに追い付いた俺たちに、サエは手の中の小さな鍵を揺らしながら見せ付けてきた。
 金属部分の鍵と、プラスチックのナンバープレートがぶつかりあって、チャリチャリと音がする。
「さて、どうしようか?」
 サエは、なんか、どこか意味ありげに微笑みながら、俺の目の前に鍵をかざす。
 ……なんで俺に聞くんだよ、そんな事。わざわざ俺に聞かなくても、答えなんて判りきってるだろうが。
「交番にでも届けたらどうだ? すぐそこだしよ。それか、この辺にコインロッカーつったら駅にしかねえんだし、駅に届けるとかな」
 俺がごくまっとうな(だよな?)返事をすると、サエは驚いたのか目を見張って、それから体ごと樹っちゃんとかの方に振り返る。
「聞いた? 今の」
「聞いたのね」
「バネ……大人になったんだね。くすくす」
「なんだそりゃ。どー言う意味だ」
 サエは、興味深々な目でロッカーの鍵を見る剣太郎に鍵を放り投げてから、また俺に振り返った。
 剣太郎とダビデの視線は、鍵へ。
 そして残りの三年視線は、俺に。
「昔のバネは、今の剣太郎たちみたいに、鍵にものすごく興味もってただろう?」
「くすくす。そうだったそうだった。宝の鍵見つけたみたいに、嬉しそうにしてたよね」
「そんで俺たち全員引き連れて、探検に出たよな」
「懐かしいのね〜」
 な、なんだよ。なんだよお前ら。
 ガキの頃の話をよってたかってするのは、卑怯だろーが! しかも、剣太郎とかダビデとか、後輩が居る前で!
「へ〜、そんな事あったんだ。それで、どうしたの!?」
 剣太郎も、興味本位で聞いてくんな、そんな事!
「大変だったよなー。俺たちもはじめはワクワクしながら後ついてったけど、だんだん疲れてきてさあ。三日目くらいに飽きちゃって」
「俺と淳とサエで、なんとかバネを止めようとしたよね。くすくす」
 ……そうだったのか……!
 俺は恐る恐る、樹っちゃんや聡の方に振り返る。ふたりは亮やサエに同意する様子なく、にこにこ笑ってるだけだった。それになんとなく、安心した。
「三日目にしてようやくコインロッカーの鍵だってわかったから、『コインロッカーの中には捨てられた赤ちゃんがいるんだよ』って言ってみたり」
「『だったら、助けてやらないとダメだろ!』って、余計燃え上がったよね。くすくす」
「バネは昔から、優しかったもんな」
 聡、フォローをありがとよ。
「俺たちは『悪い人たちの取引に巻きこまれて殺されちゃうから、やめようよ』って止めたなあ」
「でもバネは、『俺たちは悪くないんだから逃げるな!』って、無駄に男らしかったよなぁ」
「バネは昔から、正義感が強かったのね」
 樹っちゃん、フォローありがとよ。
 まあ、そんなふたりのありがたいフォローがあっても、俺はなんだかいたたまれなくて、剣太郎の手の中にある鍵をすばやく奪い取り、交番に向けて歩き出す。
「鍵、どうするのさ?」
「決まってんだろ。交番に届けんだよ」
「でも、落とし主、今頃コインロッカーを前に慌ててるかもしれないよ? すごく急いでるかもしれないし」
「だから、なんだよ」
「優しくて正義感の強いバネちゃんなら、交番に任せっぱなしに……」
「あー判ったよ駅までひとっぱしり行ってくりゃいいんだろ!」
 俺はそう捨て台詞を吐いてから、駅の方角に向けて全速力で走り出した。
 振り向きざまにちらっと見えた、サエや亮の微笑みは、もちろん、見なかったふりだ。


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