only you

 南はなんだかものすごく、不機嫌そうだった。
 帰り道が同じ方向で、一緒に帰るって事になったら、普通、並んで歩くと思うんだけど、今日はなんでか、俺より一歩前を絶対にキープしてんだよね。
 それに、しゃべんないし。
 気付かれないように、斜め後ろから表情を覗いてみると、口はへの字になってるし、眉はつりあがってるし。
 ……怒ってるのかな?
 うーん、心当たりが多すぎて、どれに怒ってるのか判んないなぁ。
 今機嫌が悪くなるって事は、今日の試合、負けた事かな? それとも南が試合している間にドリンク飲んじゃった事かな?
 そりゃまあ俺は無様な負け方したし、ドリンク飲んじゃったのは悪かったなーって思うけど。
 ドリンクの件はぶんなぐられて、俺のドリンク差し出して、解決したし。
 負けちゃった件は、今日はちゃんと反省会したんだし、怒るならそこで怒ればいいよね。
 それに南が怒ってる理由としては、負けたってのは、しっくりこない。南は俺がけっこうへこんでる事、気付いてるし。
「南さあ」
「なんだよ」
「俺、なんか悪い事したっけ?」
「いつもしてるだろ」
 うん、それは、そうなんだけどさ。
「なんか特別に悪い事した?」
「なんでだよ」
「だって南、怒ってんじゃん」
「怒ってねーよ」
 ……むちゃくちゃ怒ってるじゃん。
 うーん。何て言うのかなあ。今までのは序の口で、今日は本気で怒ってるって感じ?
 さすがの俺だって、そのくらいの事は判っちゃうもんね!
 ま、判ったからって、原因が判らないから、どうしようもないんだけどね!
 ……どうしよう。
 え? まさか南のタオル、地面に落としちゃった件じゃないよね? アレは気付かれないようはたいて戻しといたし、それが理由なら、ちょっと心狭すぎない??
「み――」
 俺がもっかい、南の名前を呼ぼうとすると。
 南はぴたって足止めて、俺に振り返った。
「ホントに怒ってないからな、俺」
 あれ。釘刺されちゃったよ。
「じゃあなんで、そんな機嫌悪いのさ」
「それは」
 南は何か言おうとして、でも言葉を飲み込んで、少し戸惑うように俺から視線を反らして。
「ちょっとした自己嫌悪だ」
「じこけんお?」
「……お前にむかついてるんじゃなくて、俺自身にむかついてるって事!」
 なにソレ。
「めっずらしー」
 南ってなんだかんだで、自分大好きッコだと思ってたけど。俺なんかよりずっとね。
 自分に満足してるって言うか、地味地味言われるの嫌がってたって、実は地味な自分に安心してたりとか。
 違うのかな?
「なんで今日に限って、自己嫌悪なのさ。地味プレイにチョーシに乗って、青学の黄金ペアに負けちゃったから?」
「いや、それも、ちょっとあるけど!」
 南はぷいって顔を反らして、ぽつりぽつりと、語りはじめる。
「お前の試合」
「うん」
「お前はギリギリで大変だっての判ってんのに、思いっきり楽しんで、見てた。俺」
 俺は知ってる(多分俺だけじゃなくてみんな)。
 南は馬鹿みたいに正直なヤツだから、そんな態度で、嘘やお世辞なんて言えるわけがないって。
「それに……やっぱお前、凄いよな。あんな試合できるなんてさ。見ててホントおもしろくて……今それ思い出したら、なんか突然、むかついた。悔しくて」
 伸ばされた腕が、俺の頭を引っ掻き回す。
 それは、南が照れをごまかすためにやってるんだって、俺は知っていて。
 そんな南だから。
 南がそう言うヤツだから、俺は溢れ出るこの気持ちを照れもせずに、言葉にして伝える事ができるんだと、思う。
「……と」
「ん?」
 掠れた言葉を聞き取れなくて、南は聞き返してくる。
 何度でも。
 何度でも言えるよ、この言葉を。心の底からの、想いを込めて。
「ありがと、南」
 試合が終わってから、たくさんの労わりや慰めの言葉を貰った。
 けれど、本当に俺を慰めてくれたのは、君だけで。
 君の言葉だけで。
「なんだそりゃ。礼を言うのは、どっちかって言うと俺の方だろ?」
 俺は不思議そうに首を傾げる南を見上げて。
 たまんなくなって思わず、吹き出しちゃったよ。


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