愛想無し

「だからさーおチビー、もっとこう、こうしなよ! ね!」
 いつもの事ながら英二の感覚的で理解しがたい説明は、当然越前には理解できなかったんだろう。越前は不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。
 英二は越前の顔に手を伸ばして(越前は当然力一杯英二を跳ね除けようとしているが、リーチ差はいかんともしがたいらしく、されるがままになっていた)、頬をつねったりのばしたりしていたから、おそらくは越前の表情について訴えたい事があるんだろうが。
 とにかく、体を動かす前にまず、言葉で説明した方がいいな、英二。
「やめてくださいよ」
「ほら、英二、越前が嫌がってるだろう。そのくらいにしておけ」
「なんでだよー! 大石だって俺がピーマンのけて弁当食ってたら『ちゃんと食べろ!』って怒ったじゃん!」
「それとこれとは……」
 違うだろう、と続けようとした俺の声をかき消すように現れた乾は、キラリと眼鏡を光らせながら、
「確かにそうだな」
 と、英二に同意した。
 ……俺が英二にピーマンを食べるように注意するのと、英二が越前で遊んでいるのは、同レベルなのか?
 それとも英二は、別に越前で遊んでいるわけではないんだろうか。とてもそうは見えないんだが……。
「栄養をしっかり摂取しなければ、菊丸の健全な発育に、つまりは将来に関わるな」
「ああ」
 まあ、ピーマンを一食抜いたからといって、英二の体に影響が出るとは思わないけれど、こう言うのは日々の積み重ねだからな。英二の場合、いっつも隙あらばピーマンを処分しようとしてるし。
「越前の愛想も多少は良くならなければ、将来に関わるかもしれん」
 ……確かに。
 俺はなんとかして英二の手から逃れようとしている越前に視線を落とす。「この人なんとかしてくださいよ」とでも言いたそうな大きな目の力に、一瞬だけ圧倒された。
 うーん。
 友達の数が人間の価値だと言うつもりはまったくないけれど、越前の場合同学年に親しい友達が居るようにも見えないし、正直言ってそれはちょっと心配でもある。
 手塚みたいに愛想は無くても尊敬を集めるようなタイプだったら少しは安心できるけれど、越前はむしろ、同性に嫌われそうなタイプだからな。人好きする笑顔のひとつも見せられた方が、確かに将来のためかもしれない。
 英二のやり方は、ともかくとして。
「しかし」
「ん? 何さ乾」
「愛想のいい越前など、気持ちが悪いな」
 おそらく、その場に居た全員が大なり小なり抱いていた気持ちを、乾が正直に口にすると、その場に短い沈黙が流れた。
「そっかなー?」
 訂正。どうやら英二は抱いてなかったらしい。
「そうだろう。考えてみろ。たとえば、越前と大石が階段を転げ落ちて、互いの頭を打ちつけるとするな」
 なんのたとえだ。
「そうして、互いの人格が入れ替わってしまうとするな」
 階段を転げ落ちる必要は、ないんじゃないかな。
 と、思ったのは、俺だけなんだろうか。
「そうするとこの越前が、爽やかに微笑みながら、『英二、自分たちの力を信じよう!』とか言うわけだ」
「えー、俺、おチビに『英二』とか呼び捨てにされんの、ちょっとヤだなー」
「……激しく論点がずれていないか?」
「え? そう? あーそかそか、うん、まあ、そんなおチビがいたらものすっごいヘンだけどさ!」
 英二が越前を手放すと、越前はこのチャンスを逃すかとばかりに、素早く英二のそばを離れた。
 そんな越前に気付いているのか居ないのか、英二は楽しそうに笑って、俺の鼻先に指を突きつけて、
「どっちかってと、愛想のない顔で生意気そうに『まだまだだね』って言ってる大石の方がヘンでおもしろいと思うけど、俺!」
 そう言いながら大口を開けて笑った。
 確かに英二の言う通り、そんな自分は想像するだけでもおかしい。 おかしいけれど。
 また論点、ずれてるんじゃないか……英二……。
 ふう、と大きくひとつため息を吐いてみれば、英二は楽しそうだし、越前は開放されて嬉しそうだし、乾も何やら満足そうだ。
 まあ、論点なんかどうでもいいか。
 と言って流してしまうあたり、俺もけっこう毒されてるかもしれないな。


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