そんな事を望んだって仕方ないのだと、判っているけれど。 瞳に映る男が、呆れるほどに弱い人間であればよかったのにと、時々、思う。思わずにはいられない。 痛い、とか。 辛い、とか。 悔しい、とか。 どうして俺だけがこんな目に合わなければならないんだ、とか。 そんな風に俺に八つ当たりしてくれたら、俺はどれほど楽になれるのだろう、と。 考えてしまうのは、俺の心の弱さの現われなのかもしれないけれど。 「手塚」 枠組だけが書かれた四枚の紙を目の前に、ペンを左手に持った手塚は、俺の呼びかけに顔を上げる。 「ランキング戦のトーナメント表、俺が書こうか?」 俺が訊ねると、手塚は静かに拒否した。 「字くらいならば書ける。肘に負担がかかるものではない」 「判っているけどさ、授業中のノートだって自分でとってるもんな。でも、なんとなく、言ってみただけだ」 手塚は何も言わず、視線をトーナメント表に戻したかと思うと、 「すまない」 突然そんな事を言う。 俺は手塚に気付かれないように、静かに笑った。 今のは感謝の言葉ではなくて、謝罪の言葉。だいたい、手塚は俺の申し出をありがたいともなんとも思ってないはずだから、感謝なんてする必要がないんだ(本当は謝罪もする必要はないんだけど)。 手塚は、青学の柱だから。 だからこそ、肘の不調なんて皆に訴える事もできない(この理論が俺はいまいち納得できないのだけれど、手塚がどうしてもと望むので、無理をしないと言う条件付きで付き合う事にしている)。 調子のいい時は普通を装って部活に出ているけれど、どうしても安静にしなければならない時、部活に出ない言い訳として使われるのは、「生徒会」だ。それでも駄目な時は、「部長と副部長のミーティング」になる。 つまり、俺の練習時間まで奪ってしまう事に対する、「すまない」なわけだけれど。 「気にするなよ」 そりゃ、正直な事を言えば俺だって、一分でも多く練習して、もっと上手くなりたいとは思う。 けれど手塚と言う柱を永遠に失う事は、練習を休む事と比べものにならないほどに、辛いから。 だから、こうして言い訳に使ってもらえるなら、副部長になって良かったと心底思うよ。いや、言い訳に使ってもらわなくても、副部長になれて良かったと思うし、嬉しいんだけど。 「それより、次のランキング戦はどうする……」 ふと、手塚の顔を見つめて。 眼鏡の奥にある理知的な瞳が、何かに思考を巡らせている様子もなく、ただぼんやりと一点を見つめていたから、俺は手塚の視線を追ってしまった。何を見ているかは、追わなくても判っていたのに。 手塚が見ているのは、手塚自身の肘だ。 秋に苦痛を訴え、いまだに治らない、傷痕。 手塚はそうして時々、何も言わず自身の肘を見つめる。 色々な感情が渦巻いていると思う。そもそも、忙しいせいなのか本質なのか、「即断即決即実行」を絵に描いたような手塚が、何もせず何も考えず、ただ一点を見つめる事なんて、そうそうありはしないんだ。 大丈夫だよ、とか。 安静にしていれば早く治るよ、とか。 気休めにすらならない言葉が頭の中に浮かんで、けれどそれを音にする事は何の意味もないと判っているから、頭の中で回り続ける。 「いっそ……」 「?」 「ごめん、何でもないよ」 不思議そうな顔をする(いや、無表情なんだけど)手塚を、俺は笑ってごまかす。 「俺たちの腕を取り返られたらいいのにな」なんて、やっぱり言っても無駄だからな。 無駄どころか、そんな事を言ったらきっと手塚は怒って、俺は――泣いてしまうかもしれない。 だから、このまま。 このまま、俺にできる精一杯の事をしながら、手塚の腕が治る日を信じて待とうと思う。 治らない傷なんて、あるわけがないのだから。 |