テニスボール一つ分の気持ち

「あれ!? 大石、なんかすっげー身長伸びてない!?」
 着替えを終えて荷物を肩にかけた英二が、俺の横を通りすぎようとして、立ち止まって、振り返って、突然叫んだ。
「そ……そうかな? そりゃ、ちょっとは伸びてると思うけど」
 答えながら、俺は英二を少しだけ見下ろしている自分に気付いた。ついこの間までほとんど同じだったのに。
 この歳で英二の身長が縮むって事はないだろうから、って事は、俺がぐんと伸びたって事だよなあ。
 それはなんか少し、嬉しいかもしれない。
「くっそー、くやしいなー、明日からちゃんと毎日牛乳飲めばいいのかなー?」
 嬉しくて、顔が少し緩んでいたんだろうか。英二が少し怒った感じで、大きな目で、ギロッと俺を睨んできた。
「で、でもほら、英二はまだ十二歳なんだよね? 俺の方が半年以上年上なんだから、先に成長期くるくらい許してよ」
「むー」
 英二はまだまだ不満そうにしていたけれど、少しは納得してくれたみたいで、「じゃあな!」って元気に手を振りながら部室を出ていった。
 ほんと、元気だなあ、英二は。見てるこっちまで元気を貰えそうだよ。
 俺は部室のドアがしまったのを確かめてから、自分の着替えに戻る。
 と、同時に、隣のロッカーを使って黙々と着替えていた手塚は、着替えを終えたみたいだった。
 夏の間ずっとしまわれていた制服は、最近タンスの置くから引き出されたばっかりで、まだぜんぜんキレイ。深く刻まれたシワとかは、ない。
「……大石は」
「ん?」
「もう十三歳なのか?」
「え?」
 手塚にそう訊ねられて、俺ははじめて、そう言えば手塚とは誕生日がいつだとかそう言う話をした事がなかったなあ、と気が付いた。
 なんでだろう。すっかり忘れてたのかな。
「うん、そうなんだ。俺四月生まれなんだよ。ゴールデンウィーク中で……手塚はいつなの?」
 俺が訊ね返すと、手塚は少し困ったのか、黙り込んで。
「……十月だ」
 と、そっけなく答えてくれた。
 でも、十月って。
「……今月だね」
「そうだな」
「何日生まれなの?」
「……七日」
 ……七日って。
「今日だね」
「……そうだな」
 手塚はいつもどおり、感情を乱す事なんてまったくなく、いちいち丁寧に(?)答えてくれたんだけど。
 今日って……今日って!
 うわー、もっと早く聞いておけばよかったよ!
「え、えっと、ごめん! 今はじめて知ったから、何も準備してなくて、その、えっと……!」
 俺は慌てて、でも頭の奥が妙に冷静で、とある事を思い出した。
 足元に置いてあるバッグを漁る。一番奥にしまっておいた、テニスボール(二個入り)を探し出す。昨日買ったばかりで、まだ使ってないやつ。
「あ、誕生日おめでとう! これ、ボールなんだけど、いくつあっても困らないよね? 貰って!」
 俺は半分押し付けるみたいな感じで、テニスボールを手塚に手渡した。
 なんかありあわせみたいで申し訳ないけど……手塚が何貰って喜ぶか、まだ判らないし、事前に誕生日が判っていて準備しても、きっと似たような物なんだろうし、何も渡さないよりはずっといいと思うんだ。
 手塚は数秒、ボールを睨みつけていた。けど、すぐに顔を上げて俺につき返してくる。
「俺は大石の誕生日に何もあげてない」
「あ、いいよいいよ別に! だって知らなかったんだし。そう思ってくれる気持ちだけで嬉しいから」
 だから気にしないで、って言ってみたけれど、手塚はやっぱり気にしちゃうみたいだ。表面上はあまり変わらないけれど、ものすごく戸惑っているのが伝わってくる。
 うーん、そうだよなあ。手塚って一方的に借りを作るの、嫌いそうだし。こう言うのって貸し借りじゃないと俺は思うんだけど。
 とにかく、律儀なんだよね。
 うーん、でも、どうしよう。
 あ、そうだ。
「じゃあ、俺の誕生日プレゼント、今くれる?」
「……あげられるものがない」
 手塚は少し戸惑ったあと、予想通りそう答えてきたけれど。
「本当は気持ちだけでいいんだけどね。形にしないと手塚の気がすまないなら、テニスボール一個とかさ」
 俺が答えると、相変わらず手塚は無表情だったけど、それでも少し驚いているのかなあ、とぼんやり感じとる事ができた。
「……そうか」
 手塚はボールのケースを開けて、ボールをひとつだけ取り出して、俺に軽く投げてよこす。
 これで、新品のボール、俺と手塚と、一個ずつ。
「半年遅れだけど、誕生日おめでとう、大石」
 何よりもその言葉が嬉しくて、こそばゆくて、照れくさくて。
 そんな気持ちをごまかすように、俺は笑って応えた。


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