部室のドアの向こうからとどく笑い声は、多分バネさんとサエさんと樹っちゃんの。 授業が終わって、俺が部室に行くと、なんでか三年生は全員もう部室に揃ってた。 なんか着替えもとっくに終わってたみたいで、バネさんとサエさんは机を挟んで向かい合って座ってて、樹っちゃんはふたりの間くらいのとこに立ってて、俺がドアを開ける音に反応して、振り返る。 「おうダビ! 遅かったな」 俺はちらっと時計を見る。 ……別に、遅くないと思うけど。 「授業終わってすぐに、来た。俺」 「三年は六時間目集会で、少し早めに終わったからね。ダビデが遅かったんじゃなくて俺たちが早かったんだよ」 「ああ、そうだっけか?」 窓からちらっとコートの方を見てみると、なんかすでにネットとかボールとかの準備もしてあるみたいで。 よっぽど早かったのかな。 「……みんなで、何、話してた?」 「何って?」 「笑い声、外まで聞こえてたから、よっぽどおもしろい話してたのかな、って」 俺がロッカーに荷物を放り込むと、三人は顔を突き合わせて、首傾げて。 「そんな笑ってたか?」 「バネはね」 「サエは人の事言えないのね」 「樹っちゃんもな」 とりあえずみんなだよ、って言うのもめんどくさくて、俺は着替えをはじめた。 「卒業しちゃった先輩の事話してたんだよ。俺らが一年の時に中三だったから、ダビデは一緒に大会に出た事はないだろうけど」 出たくても出られないじゃん。それ。 でも多分、コートの外で、見てたんだろうな。 「すっげーパワフルなプレイしてたよな」 「でもそれだけじゃなくて、しっかり計算高いところもあって」 「どんな時でも諦めない粘り強いところもあったのね」 あー、なんか、居た居た。そんなひと。 なんだっけ……名前忘れちゃったけど。 あんまりこまめに後輩の面倒を見るタイプの人じゃなかったから、俺、あんまり話できなかった気がする。その人と。 「憧れだった?」 「え?」 「そのひと、みんなの憧れだった?」 ウェアをすっぽりかぶって振り返ると。 三人はまた、顔を突き合わせて、首傾げて。バネさんなんか腕組んで目を伏せて考え込んじゃってる。 「まあ、憧れてたって言えば、憧れてたのね」 「テニスプレイヤーとしては、だけどね」 「あんないじられキャラにはなりたくねえと思ったけどな!」 ……なんか。 ちょっとその人に親近感沸いた。よく知らない人だけど、ほんとちょっとだけ。 「ダビデはどうなのさ」 「うぃ?」 「憧れの先輩とか、お前にだって居ただろ?」 サエさんが、微笑みながら俺を見上げる。 俺は三人から目を反らして、それから考えて。 ジャージに袖を通しながら、 「うぃ。居る」 正直に答えてみる。 「へえ、誰だよ誰だよ!」 バネさんは椅子から身を乗り出すし。 樹っちゃんも興味があるのか、ちょっと鼻息が強くなってる。 別に、そんな、わざわざ言う事でもないと思うんだけど……まあいいか。 「今、部室で雑談とか、してるひとたち」 バネさんと、サエさんと、樹っちゃんは、なんか驚いたみたいで、息を飲んで、それからちょっと照れくさそうに、俺から目を反らす。バネさんなんか、がりがり頭かいてる。 ほんとの事、言っただけなのに。みんな、俺にはできないスゴイ事とか、できるから。 そんなふうに照れられると、言った俺の方がはずかしいんだけど。 「ぶっかつ〜♪ ぶっかつ〜♪」 だから、なんか、今の空気にそぐわない、元気一杯頭の悪そうな歌を歌う剣太郎が部室に飛び込んできたのは、ちょっとありがたかった。 「あれ!? みんな何してるの? 着替え終わった人からウォーミングアップしなきゃダメじゃん! グラウンド走って走って!」 「……たまにはいいんだよ」 バネさんと、サエさんは立ち上がって。 樹っちゃんと三人で、剣太郎の頭をぽんぽん叩きながら、部室を出てった。 「どうしたのかな? みんな。ちょっとヘンじゃない? ま、どーでもいいけど!」 剣太郎は俺の隣のロッカーに荷物を放り込んで、着替えをはじめる。 「剣太郎」 「なに?」 「お前、憧れの先輩とか、居る?」 「いるよもちろん。当然だろ。何今更そんな事聞いてくるのさ!」 剣太郎はシャツを脱いでウェアを手に取りながら、にかりと笑った。 いるのか。剣太郎にも。ちょっと驚き。 「ちなみに、だ、誰?」 なんかちょっとだけ、ドキドキしながら聞いてみた。 「なんでそんな事聞くの? 別にいいけどさ。もちろん、サエさんだよ!」 なんかちょっとだけ、ガッカリした。 いいけど別に。サエさんなら。しょうがない。 「だってサエさん、モテモテだろ! ボクもあんな風にモテモテになりたいな〜! そんで、ボクを好きって言うコの中で、いっちばんかわいい女の子とちゅーするんだ!」 「そっちの憧れかよ」 俺は裏拳で剣太郎の方をぽすっ、と叩いた。 「うわ! ボク今、ダビデにツッコまれちゃったよ! ありえない! あはは!」 ……こいつに聞いた俺が悪かったのかな? うん、たぶん、そうだ。きっと。 「剣太郎」 「なーに? まだ何かあるの?」 「ウォーミングアップで、グラウンド走るだろ」 「うん」 「一周だけがいいっしゅう……プッ」 「うわ最悪! つまらなすぎ!」 「……」 俺は部室を出るために、とぼとぼと歩き出した。 俺も、俺に憧れて、慕ってくれるかわいい後輩、欲しいな……。 |