それがどうした?!

「慣れない事はするもんじゃない」って言い出したのは誰だか知らないけど、天才だと思うよ。
 ほんと、するもんじゃないよ。慣れないコトなんてさ。
「俺さー」
「なんだよ」
「壊しちゃったんだよなあ……」
「何をだよ」
 南のいたってフツーのリアクションに返す言葉も無くて、俺はぐるりと視線を部室中に巡らせる。
 そんなにおかしい動きをしているつもりはないんだけど、さっきの告白と合わさってなんだか気になるのかな。南は汗をふく手を止めて、俺をじっと見てた。
 もしかしたら、俺が手の中でいじくってる、シャーペン見てるのかもしれない。これ、何て言うの? あのポケットとかにひっかける部分が、折れちゃってるし。
「フシギだよねー、なんかさあ、たまにはいいコトしたくなるじゃん」
「? あ、ああ」
 すごいよね南って。
 思いっきり話ずれてるのに、普通に受けちゃうなんて、なかなかできないよ。
 今日の練習すごく大変だったもんなあ。思考能力麻痺してるのかなあ。
「お昼休みに部室でごはん食べててさ」
「それといいコトとなんか関係あるのか?」
 あ、ちょっとするどくなってきた。
「ぼーっと窓から差し込んでくる光を見てたらさ、なんかこの部室ホコリっぽいなあと思っちゃったわけ」
 光の中でホコリがちらちらするの見るの、俺は嫌いじゃないんだけどさ。なんかけっこう、キレイじゃない?
 でもロッカーの上とかにつもったホコリは、あんまりキレイじゃないし。
「そんでなんとなく、雑巾とバケツ手にとって、時間と状況が許す限り部室のお掃除をしてみました」
「へー、偉いじゃんか! 千石にしては」
 千石にしてはってヒドイ言い方。まあホントの事だけど。
 あの時なんで掃除がしたいなあって思っちゃったのか自分でも未だに判んないし、
「言われてみれば、ちょっと綺麗になってるっぽいな」
 言わないと判ってもらえない程度の親切なんてするんじゃなかったって、後悔してるし。
「そんでさ、南が前褒めてた、ちょうど入れ違いに卒業してったダブルスペアの先輩、いるじゃん」
「? さっきからお前、話が飛び飛びだぞ?」
 そうでもないよ。ちゃんと繋がってるんだって。南にとっては繋がらない方がいいのかもしれないけど。
「すごかったんだっけ?」
「ああ、『息の合ったペア』の見本みたいなふたりでさ、今も高等部でダブルスペアとして活躍してる」
 割と照屋さんらしい南くんは、どこか抑え気味に、でも抑えきれずにちょっと興奮して、ぐって拳握って語ってる。
 憧れみたいなのがあるんだろうな。目標、みたいなさ。
 きっととても立派な、地味なダブルスだったんだろうな。
「ふたりが取ったトロフィー、ロッカーの一番はじっこに置いてあったよねー」
 俺は膝を抱える。
 南がそのトロフィーを見上げて、勇気付けられてるって言うか、そう言うトコをときどき見るなあなんて思い出しながら。
 南は少しうきうきした声で、
「ああ、それが……」
 何か言い出そうとして、たぶん、そこで思い出したんだと思う。
 俺が話の最初に、なんて言ってたか。
「……それが、どうしたって?!」
 うわっ、南、いきなり怒りすぎ! 100パーセントマックスで怒ってるよ!
「わざとじゃないんだってば! 俺は親切でさあ!」
「親切ですんだら警察がいるか!」
 素早く逃げようと、座っている椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった俺の首根っこを、南ががっしりと掴む。
 うう。
 わざとじゃないのに。
 部室がキレイになったらみんな喜ぶかなあと思ってやったのに。
 ほんと、慣れない事はするもんじゃないよね。絶対ね。


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