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 その日東方さんは、お昼に購買で余分に買っておいたやきそばパンを、部活の後に食べようと楽しみにしていた事を俺は知っている。
 ずいぶん地味な楽しみだとは思ったけれど、まあ楽しみなんて人それぞれだし、なんとも東方さんらしくていいんじゃないかと、制服に着替えて、荷物からやきそばパンを取り出した東方さんの笑顔を見ていたら、思えたんだけれども。
「助けて……助けて!! 東方!」
 ほのぼのとした東方さんの笑顔は、千石さんの悲鳴を聞いて硬直した。
 千石さんはよれよれと東方さんの方に歩みよって、力なく東方さんの背中に倒れ込んだかと思うと、がしっ、とその制服にしがみつく。
 何してるんですか、千石さん。
「どうしたんだ? 千石」
 どっからどう見ても下手な演技でしかないのに、東方さんは千石さんを支えてあげながら、心配そうな眼差しを送っていた。
 なんか俺、この人の将来が心配だ。借金の連帯保証人にさせられて路頭にでも迷いそうな勢いで生きている。
「今日で一週間目だって……忘れてたんだ……」
「な、何がだ!?」
「東方……俺、みんなに心配かけたくないと思って、今まで秘密にしていたんだけどね」
 なんて白々しい台詞だ。
 本当にそう思う優しいと言うか気遣いな人間は、そんな恩着せがましく言いませんよ千石さん。
 ああ、それなのに東方さん、そんな感動しちゃって。
「そんな寂しい事言うなよ。何でも言ってくれればいいじゃないか。俺たち、友達だろ」
「……ありがとう、東方」
 あの。
 見ていて恥ずかしいんでいいかげんにしてもらえませんか。
 なんて、本気の東方さんには言い辛いな。
 でも、千石さんに注意すると、あとで面倒そうだな。
「俺ね、実はちょっと病気を持っててさ……病気って言っていいのか判らないんだけど」
 そんな健康的な病人はじめてみましたよ千石さん。
「ど、どんなだ!?」
 そんな真剣に心配しないでくださいよ東方さん。見てる俺の心が痛むじゃないですか。
「あのね……俺、ちっちゃい頃親にやきそばパンばっかり食べさせられててね……やきそばパン中毒になっちゃったんだ……」
 アホですか。
「でさ……一週間に一回、やきそばパンを食べないと、禁断症状で苦しくなっちゃうんだよ……放っておけば、死んじゃうかもしれない……」
 千石さんは、胸元を抑えながらちょっと演技派っぽくせめていたけれど。
 あの、もう、やめてください、千石さん。
 やきそばパンが食べたいんだかなんだか知りませんけど、そんな嘘、小学生だって幼稚園児だって信じないですよ。太一ならちょっと怪しいですけど。
 そんなアホくさい嘘を、中学生相手につくなんて、日本一のアホだと自ら訴えているようなものですよ。
「……本当か?」
 ガンッ。
 俺はあまりの動揺に、ロッカーに頭突きをかましていた。
 いや……確かに東方さんは惑わされやすい人だけれど……いくらなんでも惑わされすぎでしょう……!
「これ、購買で百円で買ったやつだけど、これでも大丈夫か? これで良ければ、食べてくれ、千石」
 東方さんは少しだけ戸惑って、それからはためらいもせずに、やきそばパンを千石さんの手に握らせた。
「じゅうぶんだよ東方。ありがとう……!」
 誰か。
 誰か、東方さんを助けてあげてください。
 当人はすっかり騙されているのだから、騙されたままの方が幸せな可能性も高く、放っておいてもいいのかもしれないけれど、なぜか俺は助けを求めて、部室の中を見回す。
 千石さんと東方さんが繰り広げるチンケな劇を(いや、東方さんは本気なんだけれど)、みんなが無視している中で。
 たったひとりだけ、南部長が、神妙な目つきでふたりを見ていた。
 そうか、東方さんの相方である南部長なら……!
「おい、千石」
 今にもやきそばパンをかじろうとする千石さんに、南部長は鋭い視線で近付いて、肩を掴む。
 千石さんは、少し怯えたふうに俯いた。
 そんな千石さんに気付いているのかいないのか、南部長は荷物をゴソゴソと漁り、
「それで足りなかったら……俺のも食え」
 ……このテニス部、馬鹿ばっかりだ!!


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