応援して

 ゴロゴロ、と転がり落ちてくるファンタグレープを、取出口から取り出すと、ぷしゅ、って小さな音を立てて、飲み口を開ける。
 それは、大会では必ずと言っていいほど見られる、リョーマ様の姿。
 私は十歩くらいかな、離れた所から静かに、隠れるようにしてリョーマ様を見てた。
「どうした! 今日は元気ないな?」って、さっき先輩にも言われたし、ホント、こんなの私らしくないなって思うんだけど……。
 あ、リョーマ様、ファンタグレープに口をつけた。
 自動販売機のそばにあるベンチに座って……あれ、こっちの方、見てる?
「ねえ」
 え!?
 何、私!?
 一応隠れてるつもりなんだけど、気付かれちゃってる!?
 慌ててキョロキョロ回りを見てみたけど、私以外誰も居ない……よね?
 あ、聞いた事もない学校の、見た事もないジャージ来た人が今、私の横を歩いていったけど、まさかそんな人に声、かけたりしないだろうし。
 ……私には声をかけてくれるのか、って言ったら、それもありえなさそうだけど。
 うーん。
「何してんの?」
「ひゃあ!」
 私が考え込んでいる間に、リョーマ様はいつの間にか、私のすぐそばまで近付いてきていたみたいで。
 うっかり、みっともない声あげちゃったわ。いけないいけない。
 取り繕うように照れながら、上目使いでリョーマ様を見てみると、リョーマ様はグビッてファンタグレープ、あおってた。
 キレイな横顔に、ついつい見惚れちゃう。
 強い、強い眼差しで、見ているところはどこですか。
「アンタさ」
 缶から口を離したリョーマ様は、私を真っ直ぐに見ながら言った。
「は、はい!」
「今日、応援してなかったよね。いつも堀尾とか巻き込んで、うるさいくらいに騒いでるのに」
「あ……」
 私は口ごもってしまう。
 いつもと今日の私が違うって事とか、静かにしていた私がリョーマ様の試合を見ていた事に気付いてくれていた事は、すごく嬉しい気もするんだけど。
「うるさいの、迷惑かなあって、思ったから」
 うつむいて、リョーマ様の顔を見ないようにして、そう言うのがやっと。
 ほら、私、リョーマ様ファンクラブ会長だし。
 リョーマ様が知らないところで、私すごく、リョーマ様の事チェックしてるんだよ。一歩間違えればストーカーってくらいには。
 だからね、知ってるの。
 次の学校新聞の話題の人のコーナーで、テニス部のエースであるリョーマ様が取り上げられる事に決まった事も。
 その記事のために、昨日新聞部のひとがリョーマ様のところにインタビューに行った事も。
 それで、その新聞部のひとがすっごいおしゃべりで、リョーマ様が「うるさい」って、すごく不機嫌そうにしてた事も。
 ぜんぶ、知ってるんだもん。
「へぇ」
 ファンタグレープを全部飲み干したリョーマ様は、空き缶をゴミ箱に向かって投げる。
 カラン、と音を立てて、缶はゴミ箱におさまる。
 うわあ、さすがリョーマ様! コントロール抜群!
 私は思わず、思いっきり拍手をしてきゃーきゃー騒いでた。
「……」
「……あ」
 だってリョーマ様、うるさいの、すごく嫌そうだったから。
 だから、できるだけ静かにしようと頑張ってたのに。
「ごめんなさい、うるさくしちゃって」
 私は両手を背中に隠して、リョーマ様に謝った。
「いいんじゃない、別に」
「え?」
「うるさくないとアンタらしくないし。いつものうるさい応援ないと、少し調子狂う気もするしね」
「……え?」
 何それ。
 え?
 私はどうしていいかよくわからなくて、うろたるしかなくて。
 でもリョーマ様は相変わらず余裕でカッコよくて、にやりと一瞬笑ったかと思うと、背中向けて、どっか行っちゃった。どっかって、次の試合会場に向かったんだと思うけど。
 いいの? ねえ、リョーマ様。
 勝手に都合のいい方に、取っちゃうよ?
 私は胸を押さえて、大きく息を吸う。
「リョーマさまー! 二回戦も頑張ってー!」
 雲ひとつない青空と、リョーマさまの背中に向けて。
 小坂田朋香、本日も応援させていただきます!


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