不二先輩にとってこの夏が中学最後の夏だって知っていたから、大会で活躍する姿を応援できるだけでも、充分だと思ってた。 だから、八月最後の日曜日にあるお祭りに一緒に行こうって誘われた事が、凄く嬉しくて。 だって、絶対無理だと思っていたのに、この夏休みに素敵な思い出が作れるんだもの。 私はこの日のために新しく買ってもらった浴衣を、お母さんに着付けてもらって一生懸命着て、そして不二先輩の隣を歩いてて……すごく楽しかった。 祭の灯りに照らされた、不二先輩の横顔がすごくキレイで、見惚れながらドキドキしちゃってた。 それなのに。 「ふ、不二せんぱぁい……」 七時半からは花火も上がる、大きなお祭りだから、人通りがすごく多い。 向こうから歩いてくる人がひとり、私たちの間をむりやり通り過ぎたから、なんだかそこに道ができちゃって、人が沢山押し寄せてきて、気付いたら私は不二先輩を見失ってた。 どうしよう。 私、人に流されちゃったけど、そんなに動いたわけじゃないし、まだ不二先輩、近くに居るよね? 探さないとっ。 で、でも……こう言う時って、へたに動かない方がいいのかな。 どうしよう、どうしよう。 ひとり困って俯いていると、突然、辺りがひときわ明るく輝く。 一瞬遅れて、周りの人たちが「おお……」とか「わぁ……」とか、感嘆の声。 更に一瞬遅れて、打ち上げ花火の音。 音につられて私も顔を上げたけど、最初の花火は散っていて、空は真っ黒。 でもすぐに、いくつもの花火が打ち上げられて、空中に花が散らばった。 「……きれい」 本当に、きれい。 休む間もなくあとからあとから、空に放たれる花火たち。空に昇ってはじけるように咲いて、はかなく闇夜に消えていく。 一瞬だからこそ余計に、とてもとてもきれいで、きれいな花火を見られるのは、嬉しいけれど。 不二先輩もどこかで、この花火を見てるのかな。きれいな花火を見て、楽しんでいるかな。 楽しんでくれていたら、それでいいのかもしれないけれど、私は……私は、やっぱり不二先輩のとなりで、花火を見たかったなって。 「桜乃!」 人垣の向こうから、大好きな声。花火の音にかき消されずに、私の耳に届く、唯一の音。 そして伸ばされた白い手が、私の手を掴む。 「っ……不二、せんぱ、い」 「よかった。見つからないかと思ったよ」 先輩、私を探すために、走りまわってくれたのかな。胸元を手で押さえて、大きく深呼吸してる。 「す、すみません私、ぼーっとしてて、はぐれちゃって。いっつもそうなんです、それで迷子になっちゃったりして……!」 「いいよ、こうして見つけられたし」 不安で、心細くて、花火のきれいさが切ないくらいだったから。 不二先輩の優しい笑顔と、手のひらから伝わってくる熱が、なんだか泣きたいくらいに心に染みる。 「行こう。このお祭りの花火を見るのに、ちょうどいい場所を知っているんだ。あまり知られてないから、そんなに人も多くないと思うよ」 「あ、はい」 私が並んで歩くのに辛くない早さで、歩き出す不二先輩。 ゆっくりと離れていく、手。 「あ……」 私は気付くと、不二先輩の手を思いっきり掴んでいた。 伝わってくる温もりを、そこからもらえる安心感を、なくしたくないと思ったから、なんだろうけど。 不二先輩がびっくりしたのか、目を見開いて私を見下ろすから、急に恥ずかしくなっちゃった。 「あ、あの、すみません、あの、その、またはぐれちゃったら、イヤだなって思っちゃって、そしたら無意識に……あの、すみません!」 慌てて不二先輩の手を離そうとする私。 でも、そんな私の手を、不二先輩は優しく、でもしっかりと握ってくれて。 「このまま行こうか」 いっそう明るい花火に照らされる、不二先輩の微笑み。 「……はい!」 もう二度と離れないように、手を繋いで。 私たちはゆっくりと歩く。 きれいな花火を見上げながら。 繋いだ手から伝わってくる温もりを、確かめながら。 |