関東大会からの帰り道のバスの中。 すやすやと気持ちのいい寝息に混じって豪快なイビキが聞こえてきたりする中で、俺も学校につくまで眠ろうかなと、シートに思いきり体重を預けてみた。 その時、ふたつほど前の、通路を挟んだ向こうがわに座っていたダビデが視界に入る。 そう言えばダビデ、バスに乗りこむ時からずっとラケットを眺めていたけど(今日の試合でひびの入ったラケット)……どうやらまだ続けているみたいだ。 どうしたんだろう。あんなに真剣な目で。 今日の試合(ダブルス2)はすごかったな。よくもあそこまでパワー自慢の選手が四人も揃ったもんだよ。うっかり俺があの試合に参加していたら、腕の一本や二本折っていたんじゃないかって思うくらいだ(さすがにそれは言い過ぎだろうけど)。 だからダビデは全力で試合をして、試合が終わったあと清々しい顔をしていた。愛用のラケットを失ってしまうのは、テニスプレイヤーにとって悲しい事であるのは間違いないけれど、その悲しみを払拭するくらいに。 「おーいダビデ。お前何しけたツラしてんだよ」 俺がそんなダビデに気付いたんだから、バネが気付かないわけもない。バネはダビデの真後ろの席に座っていたんだけども、立ち上がってシートごしに身を乗り出して、ダビデの頬をつねって、横に思いきり引っ張ってから手を離した。 「何すんだよ」 「そんな恐い目すんなよ。ひでぇなあ。可愛い後輩のダビくんに笑ってほしい先輩の心を疑うなって」 「嘘だ。絶対嘘だ」 いや、ホントだよ、ダビデ。 半分くらいは。 「試合負けた事気にしてるワケじゃねえんだろ?」 バスに乗りこむ時は、「ダビデと並んで座ると狭苦しいからイヤだね!」とか言ってたバネが(実際見ているこっちも狭苦しく感じる)、ダビデの隣に座る。 ダビデはバネの顔を横目でちらりと覗いてから、小さく頷いた。 「だよな。お前がんな事気にするはずねーと思った」 「楽しかったし」 「ああ、楽しかったな」 「負けたの、俺たちだけじゃないし」 「まったくだ!」 あのさ。 聞こえてるんだけど。 バネたちと違って多少は繊細で、少しくらいは気にしてる人間もいるんだけどなあ。まあ樹っちゃんも剣太郎もぐっすり眠ってるから、聞いてないだろうけど。 ん? つまり俺は図太い人間と判断されたのかな? ははは。 ……あとで何か仕返ししてやろう。 「ただ、ラケット……」 「ラケット壊した事気にしてんのか? あの試合じゃしょうがねえだろ。それに、オジイが新しいの作ってくれるって言ったんだろ?」 「うぃ」 ダビデは今度は、大きく強く頷いた。 「だから、これ」 「ん?」 「どうしたらいいかなと、思って」 バネの顔が少しだけ真剣になる。 今まではダジャレをかまされると思って構えていたのかな。気持ちは判る気もするけど。 「葬式をしようかと思ってみた」 「葬式? ああ、まあ、思い入れがあるんだし、ただ捨てるのはなんか嫌だよな」 「うぃ。だから……土葬と火葬、どっちがよさそう?」 プッ、とダビデが吹き出す前に、バネのエルボーが綺麗に決まって、ダビデがうめく。 うん。走行中のバスの中で蹴りは危険だから、止めた方がいいよな。 「好きにしろ!」 ダビデは落ち込んだのか、ラケットを抱きしめて俯いた。 ダジャレはともかくとして、葬式は本気だったって事かな。それを否定されたみたいで悲しくなったのかもしれない。 馬鹿だな、ダビデ。 そんな事くらい、俺にだってお見通しなんだから。 「葬式の日、決まったら教えろよ」 当然、バネにだってお見通しに決まってるだろ。 「う……!?」 「なんだよ。葬式すんなら、弔問客が居ないとカッコつかねえだろ。それとも俺じゃあ不満だとでも言うつもりか?」 ふるふると、ダビデは懸命に首を振る。 そんなダビデの頭に、バネがぽんぽん、と手を乗せる。 どうやら一件落着……かな。まあ、落着してなくても、別にいいか。 俺はいつの間にか浮かしていた背中を、再びシートに預けて、そっと目を伏せた。 すぐに眠ってしまったのは、まだまだ続くバネやダビデの話し声が、子守唄みたいに心地よかったからか、それとも疲れていたからか。 理由なんて、どうでもいいか。 |