見上げられるのでも、見下ろされるのでもなく。 目線を同じ高さにして優しく見つめられると、とても安心するんだって。 その話を聞いて、私が真っ先に思い出したのは、大石先輩だった。 先輩は、私が泣いている時、困っている時、悩んでいる時、かならず軽くかがんで、目を同じ高さにしてくれるから。 それは無意識の行動なんだろうけれど。 だから先輩は、無意識に優しい人なんだって、思ったの。 「今日はこの辺にして帰ろうか」 大石先輩が、パタンと小さな音を立てて、教科書とノートを閉じた。シャープペンと、出したままほとんど使わなかった消しゴムを片付けて、勉強をはじめる前に借りた本と一緒にバッグの中にしまう。 何気ない、普通の行動の中に。 いくつも、何度も混ぜ込まれた、かすかなため息。 「何か悩みでもあるんですか?」って、さっきから何度も聞こうとしてるんだけど、どうも言葉にならなくて。 先輩は、強くて、大人だから。 私はいつも助けられてばっかりで……大石先輩だって人並みに苦しむ事や悩む事があるに決まっているのに、そんな様子をちっとも見せてくれないから。 ううん、本当は、そぶりくらいは見せてくれてたんだと思う。今、注意深く見なければ気付かないくらいのため息を、何度も繰り返しているみたいに。 ただ、私が子供過ぎて気付かなかっただけなんだろうな。 だから先輩は、何でもひとりで(もしかしたら、お友達の力を借りているのかも、しれないけど)解決しちゃって。 私の力はまだ、先輩の悩みを解決できるほどには、強くなれてないと思うけど。 先輩の異変に気付けるくらいには、成長できたと思うから。 だから、今度は。 昇降口へ向かって、私たちは階段を降りる。 踊場にある小さな窓から差し込んでくる、オレンジ色の光に照らされて、大石先輩の広い背中がよりいっそう大きく、そして寂しげに見えた。 「大石先輩!」 私は一歩前を歩く先輩の袖を引っ張った。 「どうしたの? 桜乃ちゃん」 先輩は眩しそうに目を細めて振り返って、私と同じ位置に戻ろうと、今一段降りた階段を昇りなおそうと足をかけた。 「駄目です、大石先輩、そのままで」 「え?」 「そのまま、一段下にいてください」 踊場に立つ私。 一段だけ下がった大石先輩。 こうすれば、ふたりの目線は同じくらいになるから。 「私じゃあ、その……先輩の力に、あんまり、なれないかもしれませんけど」 先輩は弾かれたように目を見開いて真顔になって。 それから、体中の緊張を解したみたいに、柔らかい表情を浮かべて。 ほんの一瞬、先輩が今にも泣き出してしまうんじゃないかって、思ってしまって。 「まいったな。気付かれてたんだ」 先輩の左手が、私の右肩にかかる。 そして左肩には、先輩の額が預けられた。 「お……大石先輩!?」 「ごめん。少しだけでいいから、こうしててくれる?」 私は少しだけ戸惑ったけれど。 こんなふうに先輩が甘えてくれる事が、少しでも私を頼ってくれる事が、嬉しくて。 多分先輩は、私に何も話してくれないと思う。いつもどおり、自分の中で消化して、上手く片付けちゃうんだろうなって。 でも、そのために私の力が役に立つんだって……思ってもいいんですよね? 「不思議だな。さっき、桜乃ちゃんの顔を見て凄く安心した。どんな魔法を使われているのかと思ったよ」 ぽつり、ぽつりと星が瞬く夜空の下で、大石先輩は照れくさそうに頭をかきながら言った。 「それはいつも先輩が使っている魔法ですよ」って言ったら……先輩はどんな顔をするだろう。 |