うっかり家に置き忘れてしまったから、俺は数学の教科書を借りに、B組に乗りこんだ。 二時間目と三時間目の間の休み時間。 笑顔で気前よく貸してくれる優しい樹っちゃんは、たまたまその時居なかったから(トイレかな)、何か一言言われるのを覚悟しつつ、亮に頼んでみた。 数学の教科書を俺に差し出してきた亮は、いつものようにくすくす笑っていなくて。 ……めずらしいな。 しかもなんだか、とっても不満げだ。 何かあったのか? と聞こうとした瞬間、 「昨日、淳が帰ってきたよ」 亮はぼそりとそう呟いた。 「淳が! へえー……でも、なんでそんなに嫌そうなのさ。嬉しくないの?」 「嬉しい事は嬉しいけど、淳のやつ、また背が伸びてたんだよね。背比べしてみたら、俺の頭のてっぺんが、淳の額くらいだった」 えーっと、これくらいかな? と呟きながら、亮は身振り手振りで淳の現時点での身長を表現していた。 亮の記憶と再現が正しければ、その差は五センチくらいか。 俺たちの年代、ただでさえ身長は気になるポイントだって言うのに、双子の弟が相手でそれか。そりゃ、気に入らないのは当然だよなあ。 「東京でよっぽどいいモノ食べてるのかな? あいつ」 亮がぼそっと呟くから、 「チキンナゲットよりつくねの方が栄養あるのかもしれないよ」 俺は適当に答えてみる。 どっちも鶏肉だし、あんまり差は無さそうだとは思いつつ。 「……そうかもね。くすくす」 俺の答えがツボにはまったのかな。亮がくすくすと笑いはじめるから、俺もつられて、声を出して笑ってしまった。 授業を適当にこなして、部活がはじまる放課後。 部室の中、隣で着替える男をぼんやりと見上げながら、俺は休み時間に交わした亮との会話を思い出し、ふと考える。 俺とこいつは、たった四十時間差くらいで生まれた。 ここら辺に産婦人科はひとつしかないから、多分、同じ産婦人科で産声を上げてる。だから、隣のベッドで寝ていた可能性もけっこう高い。 相手の名前も言えない頃から、けっこう一緒にいたらしくて(母親曰く)、物心つく頃には、毎日一緒に遊んでいた。 同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学、同じ部活。 夕飯ご馳走になりに行くのも、ご馳走するのも、しょっちゅうだし。親が出かければ当たり前、そうでなくても、たびたび互いの家に泊まりっこしていた気がする。 血は繋がってないし(何百年前とかまで遡ったらどうか判らないけど)、名字も違うし、家も当然違うけれど。 一緒に過ごした時間は、そこらの双子に負けてないんじゃないかなあ、とか。 ふと思ってしまったわけだ。 「バネ」 「んあ?」 呼ばれて降り返るバネと、背比べ。 自分の頭の上に手を置いて、それをバネの方にずらす。 べち。 「って! いきなり何すんだよ、サエ!」 俺の手は、バネの顔のどまんなかにぶつかる。ちょっと勢いをつけていたから、多少のダメージを与えてしまったらしく、バネは片手で顔を覆った。 ……。 ……額どころじゃ、ないよな、これは。 釈然としないと言うか。 亮の気持ちが、イヤってほど判ると言うか。 「何してるの? サエさん。もしかして新手のイジメ?? 今度の標的はバネさんなの!?」 わくわくと、おもしろいモノでも期待するように、剣太郎は俺の顔を覗き込んでくるから。 「別に何でもないよ」 余裕かました笑顔で、そう答える以外に、俺の取れる手段はなかったね。 ……本当のコトなんて言ってたまるか。 |