キャンプファイヤー

 林間学校と言う行事が楽しいか楽しくないかは、個人の趣味によるところだろう。
 俺なんかは、自然が深い静かな場所が落ち着くし、身の回りの事を自分たちだけでやらなければならないって状況は精神鍛錬にもなって、いいと思うんだけど。
 やたらと歩いたり山に登ったりするのも、毎日部活で鍛えている身としては、あまり辛くない。辛かったとしたらそれは気力と体力を鍛える事になる。
 あと、同年代だけが大量に集まって泊まるってのは、こう言う学校の旅行だけだからな。
 大人数が田舎に集まるからこそ、できる事もあるし(その代わり、都会では簡単にできる事ができなくなってたりするんだけど)。
「うわー」
 不動峰中二年一同が作り出した輪の中心に、赤々とした炎が灯されるる。
 一気に燃え上がり、辺りを明るく照らしはじめた炎は、高く昇ろうと踊る姿をみんなの目にやきつける。
「なんか、すげえな! リズムに乗ってるみたいだな!」
 いや、リズムに乗るのはお前だけだって。
 と、言ってみようかと思ったけれど、アキラの両目が楽しそうに輝いていたから、やめておく。せっかく楽しんでいるんだから、邪魔するのも野暮だ。
「こんなに大きく燃えてるの、はじめてみたかも」
 アキラほどではないけれど、うきうきした感じの森が、少し上ずった声で言った。
「そうか?」
「そうだよ。火自体は普段から結構見てるけど、大きい火となるとあまりチャンスないよ。焼却炉がせいぜいかなあ」
 そう言えばそうかもしれない。
 普段見る火って、実験の時のマッチとかライターとかガスバーナーとか、あとガスコンロとかか?
 そうか。じゃあこれは、貴重な体験ってわけだ。
 俺は目を細めて炎を眺める。
 なんとなく、火とか炎ってものは、あまりいいイメージがない。破壊の象徴みたいに扱われているせいだと思う。
 けどそれだけじゃないんだよな。
 こうして、見ている人間の心を躍らせる、楽しませる力があるわけだし。
 何もかもが悪ってわけじゃないんだよな。
 なんか、少しだけ悟りを開いてしまった気分だ。
「楽しそうじゃねーか、アキラ」
「おう!」
「大会が近いから林間学校なんて言ってる暇ねえ! って出発前に騒いでたの、誰だよ」
「うっせ! お前だってバス乗ってる間中ずっと『帰って橘さんとテニス練習する』って言ってたんだろ! 森に聞いたぞ!」
 アキラと内村の、(いつも通りの)くだらないケンカが、静かな夜空に響き渡る。
 これじゃあ社会科見学の二の舞だと、俺は止めようかと手を伸ばしたんだが、桜井がそれを制した。
 苦笑しながら、首を小さく左右に振る。
 そうだな。こいつらなんだかんだで喧嘩する事を楽しんでいるわけだし。
 俺たちも俺たちなりに、楽しめばいいか。
「思うんだけどさあ……」
 あ。
 静かだから忘れてた。深司も居たんだ。
「ニュース見てると、最近少年犯罪が多発しているとかって大人は嘆いているだろ? だったら、自分たちが犯罪を助長させるような事するなって感じだよね……。たとえばこれ、キャンプファイヤー? 一番多感な年頃の子供に火遊びを教えるなんて最悪じゃないかなあ。この中から将来放火魔が生まれたらどう責任取ってくれるんだろう? 責任ないとは言わせたくないよね。『中学時代のキャンプファイヤーから、俺の火への執着がはじまりました』とか証言したらさ、親は学校側に苦情を訴えてもいいんじゃない? ほら、そんな事になる前に、さっさとこの馬鹿馬鹿しい行事を廃止するべきだよ」
「し……深司?」
 名前を呼んではみたけれど、俺は橘さんじゃないから、それだけで深司を黙らせる事なんてできないし。
「あとさあ、協調性を学ばせるとか個人の個性を尊重するとかって言ってるけどさ、矛盾しているような気がするんだよね。こうして全員が強制的にキャンプファイヤーに参加させられてるけどさあ、俺みたいに、こう言う行事に参加するキャラクターじゃない奴がいるよね。つまり、そう言う奴らの個性は尊重されてないって事なんだよ。あー、それって何? 俺の個性はこの世に存在しちゃいけないって事……? 何の権利があって誰がそんな事決めるんだよ。むかつくなあ……」
 今日のぼやきはまた、強烈だ、な。
 俺は助けを求めて桜井を見下ろしたけれど、桜井はひきつった笑みを浮かべたまま俺から目を反らしてしまった。
 気付けば他の三人は、深司のぼやきの直接被害を受けないところまで避難している。
 ま、待て、みんな! 卑怯だぞ! 俺を置いて逃げるな!
 俺はみんなに便乗して非難しようと、一歩目を踏み出す。
「俺、まだぜんぜんぼやきたりないんだよね……」
 ぎゅっと。
 ジャージの裾を掴まれる。
「し……ん、じ?」
 ゆっくりと振り返ると、薄く微笑んだ深司の顔が、赤い炎に照らされていた。
「……逃がさないよ?」
 俺のキャンプファイヤーの思い出は、どうやら最悪なものになりそうだ。


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