雲ひとつない快晴。 眼前に広がる青い空の中心で、己の存在を主張するかのように強く輝く太陽は、草むらに座りこむふたりに容赦なく光を降り注ぐ。ありえるわけもないが、肌を焼く音がじりじりと、耳に届きそうな勢いだ。 額に浮かぶ汗の雫が、こめかみを通りすぎて頬を伝い、顎へ到達した。 この感覚を味わうのは、ここに座りこんでから幾度目だろうと黒羽は考える。 数えてはいない。もし数えていたとすれば、途中でばかばかしくなり投げ捨ててしまうほどに繰り返されているだろう。隣に座る少年と黒羽は、特に言葉も交わしていないと言うのに、長い時間をここで過ごしているのだから。 なぜ自分はこうしているのだろう。 黒羽はとうとうその問いを、己自身の中に投げかける。 黒羽は東京と言う土地をあまり好いていなかった。どこがどう気に入らないのか、と問われては困る。何かがまとわりつくような、不可解な感覚が気に入らないだけで、それは人口密度の高さや密集する高層ビルによる狭苦しさのせいなのか、自然の少なさによる暑ぐるしさのせいなのか、厳密な理由は判らない。 だがどうしてか、隣に座るこの男のそばに居れば、その不愉快さが解消されるような気がした。 故郷の海辺に居る時や、仲間や家族と共にある時とは、また違った心地よさを与えてくれる少年の横顔を静かに見下ろして、黒羽は小さく笑う。 それが答えだ。自分がなぜこうしているのかと言う問いへの。 ここを離れてしまえば、千葉に帰ってしまえば、この居心地の良さを再び手にするのは難しくなる。どちらかが、何かしらの接点を求めて行動しなければ、永久に失われてしまうかもしれない。 名残惜しい。 今の気持ちを表現するなら、その言葉が一番相応しい。 「青いな」 隣に座る――橘桔平との名を持つ――少年が突然口にした言葉が、自分の事を評しているのかと思い、黒羽は一瞬心臓を跳ねさせた。 勘違いである事に気付けたのは一瞬後。 橘は、鋭い視線で高き空を真っ直ぐに見上げている。 「確かに青いけど」 橘が口にした四文字は、彼自身にのみ向けて紡がれたものであったのかもしれない。 それでも黒羽が彼の言葉に返答したのは、彼の世界への介入を望んだためだ。 「俺の知ってる千葉の空に比べると、なんかくすんだ青だ」 黒羽は背中を地面に預ける。 黒羽を優しく包む込む、人間の労力を費やされて生え揃っただろう若草は、それでも優しい緑の香りを黒羽の鼻まで届ける。 「驚いた」 「何が」 「今まさに、俺も同じ事を考えていたぞ」 「は?」 柔らかく微笑む橘の横顔を今度は見上げながら、黒羽は気の抜けた声を上げた。 「お前、千葉の下の方に来た事あるのか?」 訊ねると、橘は左右に首を振る。 「そうじゃない。九州の空を思い出していたと言う事だ」 「そっか。お前、九州二強だったもんな」 橘は黒羽を見下ろして、小さく頷いたかと思うと、黒羽の後を追うようにその場に寝転んだ。 一瞬だけ微かに空気がふるえ、揺れた草が黒羽の頬をくすぐった。 「記憶は過去を美化すると言うから、事実が捻じ曲がってるかもしれんが……もう少し澄んで、鮮やかな青だった気がする」 細められる事で優しさを得た橘の視線は、少しだけ遠ざかった空を通じ、遠き地の光景を蘇らせている。 黒羽は知っている。橘は戻る事を求めているわけではないのだと。 懐かしい思い出に優しい想いを募らせる事で、約一年間一目散に走り続けたその身に、休息を与えているのだろう。 「お前も俺と同じ空を知ってるって事か」 東京の空に同じ想いを傾けるほど。 自分たちは、住む場所は違えど、同じ青い空を見上げていたのだから。 「なあ橘、俺の住んでる所はさ」 「ああ」 「九州に比べりゃ、ずっと近いぜ?」 黒羽は僅かに首を傾けて、橘の顔を覗く。 それ以上は言わなかった。わざわざ音にせずとも、通じる自信があったからだ。 「……そうだな」 橘の、伏せられた目元と僅かに動く口元に浮かんだ笑みが、黒羽の自信を確信へと変えた。 |