風の強い日

「こら! お前ら何やってんだ!」
 響き渡るバネさんの大声に反応して、ボクらはみんな、ぴたりと動きを止めた。

 今日はちょっと、暑かったんだ。
 具体的に何度だったかは忘れたけど、朝家を出る前に聞いた天気予報によると、最高気温が昨日より五度も高いって言われて、なんかそれだけで授業受ける気力無くしちゃったくらい。昨日が寒かったってなら、五度も上がると嬉しいかもだけど、昨日は昨日でそれなりに暑かったからさあ。
 まあ、授業だけさぼって部活行くわけにもいかないし。頑張って授業受けてみて。
 そんでもって、放課後になってうきうきしながら部活に行ったんだ。
「あれ? 今日、サエさんは?」
「委員会だからけっこう遅れるって言ってたよ。くすくす」
 亮さんはいっつも笑ってるけど、何がそんなにおもしろいんだろうね。
「じゃあバネさんは?」
「日直だからちょっと遅れるって言ってたぜ」
 聡さんは普通に答えてくれた。
「……ふうん」
 大会も近いのに、いきなりレギュラーがふたりも欠けているのが、なんかちょっと幸先悪いと言うか、なんと言うか。
 ま、いっか。怪我してるとか言うわけでもないしね。
「ようし、樹っちゃん、打とう!」
「がってん!」
 とりあえず、ウォームアップだけはしっかりすませて、ボクと樹っちゃんはコートに飛び込んだんだけど。
 今日は暑いだけじゃなくて。
 ものすごく、風が強かったんだ。
 試合中とかそんなのおかまいなしに吹く風のせいで、砂とかが舞い上がっちゃって、まともに目もあけてらんないくらい。
「タンマ! 樹っちゃん! ボク、前が見えない!」
 一ゲームも終わらないうちにタイムかけると、樹っちゃんは文句を言うどころか、「俺もなのねー」なんて目をこすりながら言ってた。
「こうなるって判っているのに試合をしようと考えるところが偉いよね。くすくす」
「え? 亮さん判ってたの?」
「……ホントに何も考えて無かったんだ」
 亮さんはくすくす笑いつつ、風で飛ばないように帽子をしっかりを被りなおす。って言うか、抑えてる。
 帽子、はずせばいいのにね。
「いっそ、水を撒いてみたらどうだろう」
 ダビデ、居たんだ。しゃべらないから忘れてた。
 とりあえず、ボクはダビデの案が名案なのかどうか判らなくて、きょろきょろ周りを見てみたんだけども、みんな賛成するか迷ってるみたい。
 うーん。水を撒けば、砂が飛ぶの治まりそうだけど。
 コートがぐちょぐちょになったら、使えなくなりそうだしね。
 こう言う時、サエさんやバネさんが居たら、すぐに決めてくれるんだけどな。結果が良いか悪いかはどっかにおいといて。
 あ、そう言えばボク、部長だったっけ。じゃあ、ボクが決めちゃえ!
「よーし、どっちにしてもコートが使えないなら、やってみよう!」
「うわっ、剣太郎、お前男らしいな!」
「えっへん」
 男らしい? そうかなそうかな。
 これで砂煙がおさまって、コートがちゃんと使えるようになったら、ボクはモテモテ!?
「行くぞ」
 そんなこと言ってる間に、いつの間にやらダビデが部室から持ってきたバケツに汲んだ水を、さばぁ、とコートに撒き散らした。
「自ら水を撒く……プッ」
 なんだ。ダビデが珍しく面倒ごとに積極的だと思ったら、それが言いたかっただけか。
「けっこういい感じじゃないか?」
「うんうん、まんべんなく撒けば、いけるかもね!」
 ボクらはみんな、部室にバケツ取りに行った。
 水道で水汲んで、コートのそばまで走って。
 さばぁ。
 いきなり、ボクは背中から水責めされた。
「うわっ」
 誰だよこんな事したの! ウェアも頭もぐちょぐちょだよ!
「お、ごめん剣太郎。手が滑った」
「亮さん!」
「まあまあ、今日は暑いし、すぐ乾くって」
 ぺちぺちってボクの頭叩きながら、亮さんはくすくす笑うけど。
 笑ったからって、ごまかされないよ、クレバーなボクは!
「おーっと」
 べしゃあ。
 ボクがどうしてやろうかと悩んでいると、亮さんの頭の上から、水が降ってくる。
「お前は剣と違って乾きにくそうだな」
 濡れた帽子を手にとって、長い髪をかきあげて、亮さんはケラケラ笑う犯人に振り返った。
「聡!」
「まーまー、手が滑っただけだって」
「ワザとじゃなきゃ頭の上からかかるわけ……」
 ばしゃっ。
 亮さんの台詞を遮るように、ボクら三人に水がかかる。
 手のひらで適当に顔を拭いてから見てみると、空のバケツを持った樹っちゃんとダビデ。
「お前ら、何すんだよ!」
「あれ? 水遊びしてるんじゃなくて?」
「てっきりそうだと思ったのね」
『こーのーやーろーう!』
 そっからはもう、大混乱だったなあ。
 多分、最初の水撒きって目的は、みんなすっかり忘れてたと思うし。
 ってか、コートの事なんか忘れて、みんな水道のそばでじゃれてたもん。今日部活に来ている部員全員、撒きこんで。
 みんなずぶぬれで、風の強さも暑さも忘れて、笑いすぎてお腹が痛くなったころ。
「こら! お前ら何やってんだ!」
 バネさんが現れて、ボクらを怒鳴りつけたんだ。

 いや、まあね。
 怒られる点はいくつもあるけどさ。
 部活さぼってみんなで遊んでるわけだし。今年は水不足とか騒がれてるわけじゃないけど、水の無駄使い、してるし。
 でもそーんな、そんな、怒鳴らなくてもいいじゃん!
「バ、バネさん?」
 一番怯えてるのはダビデ。
 だってさ、水でへなへなになった髪の毛、ゴムで結わいちゃってるんだもん。本気で水遊びしてた何よりの証拠だよね。
「まったく、お前らふざけんなよ」
 バネさんは心底不満そうに、ため息吐いて。
 水道の横に置きっぱなしにされてた、少し古いホースを蛇口にセットして。
 ……あれ?
「そんな楽しそうな事、俺抜きでやるんじゃねえ!」
 いつも豪快なバネさんは、もちろん蛇口を速攻全開。
 あの、何て言うの? 水撒きとかでやるみたいにさ、ホースの出口のトコ細めて、勢いよく吹き出る水を、ダビデの顔面にぶちまける。
「いたっ、バネさんそれは卑怯! みんなバケツでがんばってる!」
 うん、まったくその通り! ずるいよバネさん。
「うるせえ! いいんだよ、俺だから!」
 うわあ、バネさん。そんなどこぞの国民的アニメのいじめっこみたいな事堂々と言っちゃって!
「バネさんだけがホースでホースい……プッ」
「……だからつまんねーんだよお前のダジャレは!」
 バネさんはお約束通り、水道を踏み台に、ダビデに飛び蹴りを食らわせた。

 着地した瞬間のバネさんにみんなでバケツの水をぶっかけたのも。
 三十分遅れで現れたサエさんを巻き込んだのも。
 もちろん、お約束。


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