はにかみ屋

 明るすぎる髪の色も、顔も、体格も、制服も、肩にかけてるバッグも、いつもと何ひとつ変わって無いってのに。
 まるで別人のように感じたのは、あまりにも静かだったからだろうか。
 その日の朝、入口近くの数人にかろうじて聞こえるか、くらいの挨拶で部室に入って来たウチのエースは、俯きがちに、自分のロッカーの前までゆっくり歩いて行く。
「元気ないな千石。どうかしたのか?」
 何か悪いモンでも食べて腹を壊してるんじゃないかと思って、聞いてみる俺。
「あのさ、南」
「うん」
「俺さ、キャラ変えようかなって思ってるんだ」
「……はぁ? 何言ってんだお前」
 心底呆れつつ、そう返すのが、俺には精一杯だったんだけども。
 いつもなら「もー! 真面目に聞けよ!」と不条理な(こんなアホな話をどう真面目に聞けって言うのか)訴えをしてくるはずの千石は、ちらっと横目で俺の顔を覗いて、また俯いた。
「俺さ、いつも騒ぎすぎちゃって、南に迷惑かけてんじゃん」
「そうだな」
 自覚してるならどうにかしてくれ。ホントに。
「そんで、怒鳴られたり殴られたり蹴られたりとかするし」
「自業自得だろ」
「うん、そうなんだろうけど」
 はあ、とため息吐いて、千石は自分のロッカーを静かに開ける。
 担いでた荷物を、適当に放り込んで。
「でもさあ、南ってば、檀くんはすごい可愛がってるじゃん」
「素直で一生懸命で、実際可愛いんだからしょうがないだろ」
「檀くんは怒鳴ったり殴ったり蹴ったりしないしさ〜」
「って言うか、俺はお前以外の奴にはほとんど殴ったり蹴ったりしないぞ」
 まあ、怒鳴るのは練習中にけっこうあるけども(これでも部長さんなんで)。
 殴ったり蹴ったりは、それだけの事をしたやつにしかしてないつもりだ。
 それがほとんど、千石だってわけで。
「あと、他校の偵察とか行った時、女の子たちに気持ち悪いとか言われちゃうのちょっと切ないし」
「下心丸出しで鼻の下伸ばしてニヤニヤ笑ってたらキモいに決まってるだろ」
「女の子はストイックな男の方が好きなのかな。百人の愛人がいる男と、女の子に見向きもしない堅物男だったら、堅物のがいいのかな」
「極端な選択だな……まあ、どっちかって言ったら、そうなんじゃないか?」
 ……そうかな?
 自分で言ってて、不安になってきたけども。
 まあいいか。適当に答えときゃ。
「だからね。そう言う、もろもろの問題を解決するにはさ、キャラを変えるのが一番いいんじゃないかと俺は思ったわけ」
 まあ、そりゃ。
 正論っちゃあ、正論かもしれないけども。前向きな意見かもしれないけど。
 自分のキャラクターって、そんなに簡単に変えられるもんじゃないよな。変えられるものなら、もっとみんな、コロコロキャラ変えてそうだ。
 俺だってたまには派手にやってみたいと思うこと、あるし。
「だからね、南」
「なんだ?」
 千石は、なんつうかもじもじした感じで(正直言ってキモイ)、切り出す。
「俺、今日からはにかみ屋さんになるから! だから、人前では恥ずかしくて着替えられないから、俺用の個室作って!」
「そんな下心丸出しのはにかみ屋さんなんて誰が認めても俺が認めねえ!」
 俺は反射的に、千石の頭を殴りつける。
 並の動体視力じゃないからか、俺の拳を見極めた千石は、ひらりとかわし。
 得意げな笑みを浮かべつつ、自分からロッカーに頭突きをかました。
「痛っ! 痛いよ! ヒドイよ南!」
「いや俺のせいじゃないからなそれ」
「あーもー俺怒っちゃったからね! イメチェンなんかやめてやる! これからもさんざんなメにあわせてやるから、覚悟しててよ! 南!」
 千石はすっかりふてくされて、プリプリしながら着替えはじめる。
 これって、逆ギレって言うんじゃないのか……? だいたい俺、キャラ変えろなんて頼んでないし……。
 ……ま、いっか。
 ヘンな風にキャラ変えられるより、今までどおりの方が、ぜんぜんマシだろうからな。


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