Happy×2☆Day!!

「……遅いな。また遅刻か」
 手塚は腕を組み、目を伏せながら小さく唸った。いつもよりも眉間に皺が二本増えている所からすると、そうとう怒ってるなあ。
「しょうがないな、越前の奴」
 俺はちらりと時計に目をやった。
 待ち合わせの約束の時間から、すでに十五分が過ぎている。手塚なんかはそれより十分は前に来てたから、もう三十分近く待っている事になるんだよな(俺もだけど)。そりゃ怒るか。
「パーティには、少し遅れそうだね」
 同じく、時計を見ながら呟く不二。
「パーティの(一応の)主役である越前を驚かせるために色々準備するから、あまり早く来すぎないでくれよ」と俺たちは英二に頼まれていた。だから待ち合わせの時間、割とギリギリにしてたんだよなあ。
 つまり、十五分も遅れてしまえば、遅刻は確実。
「英二と桃にさんざんどやされるだろうな」
「罰ゲームで乾汁飲まされたらどうする? 僕は別に構わないけど。青酢でなければね」
「四人分全て越前に飲ませろ」
 不二の言葉に即座に反応し、手塚が言った。その口調があまりに真剣でおかしくて、不二と俺はついつい笑い声を上げてしまう。
 そうだよな、手塚も人並に嫌なんだな、あの乾汁。
「ようやく来たな」
 笑われて再び不機嫌になった手塚が、俺の後ろの方に視線を向ける。振り返ると確かに、階段を駆け上ってからこちらに走ってくる越前の姿が見えた。
「チーッス」
『遅い!』
 示し合わせてもいないのに、俺たち三人の声は見事に重なって。
「同じ車両にのってた婆さんが倒れたから、電車止めて救急車呼んでたら遅れたッス」
「そうなのか!? それは大変だったなあ。偉いな、越前」
 年の割にクールで、人当たりが悪いところもあるけれど、けっこう優しい奴なんだよな、越前は。
 俺はついつい、越前の頭を撫でてしまった。嫌そうな顔したから、すぐにやめたけど。
「大石、いいかげん慣れようよ。絶対ウソだから、それ」
「えっ、嘘なのか!?」
「ウソじゃないッスよ。さ、はやく行きましょ」
 越前はしれっとそう言い放って、歩き始めてしまった。
 けっきょくどっちなんだかよく判らなかったけど――まあ、いいか。

 海堂の弟さん(海堂にそっくりだった)の案内で、海堂の部屋の前に到着した時には、すでに六時十分になっていた。
「入んないんスか?」
「主役だから、越前が最初に入らないと」
「……」
 越前は頭撫でた時とは比較にならないほど、心底嫌そうな顔をしたけれど、しぶしぶノブに手をかけて、ドアを開いた。
「ハッピーバースデー、おチビ!」
『アーンドメリークリスマス!』
 まあ、英二や桃の考える事だから、そんな事だろうとは思ったけれど、大量のクラッカーが一度に破裂して、越前を歓迎した。「片付けが大変だからシャンパンは止めろよ」と忠告しておいて、本当によかった。
「ほらおチビ、これ引っ張ってみ?」
 英二は呆然とする越前に何かの紐を握らせる。「引っ張ってみ?」とか言いながら、引いたのはほとんど英二だった。
 またも予想通りの展開。おそらく乾の計算で作られただろうくす玉が割れ、「越前リョーマ、誕生日オメデトウ!」が飛び出してくる。そして、小さく切られた紙テープとかが色々、越前(や英二)の上に降ってきた。
「ベタな事しますね、先輩たち」
 越前の口調は少し呆れ混じりだったけれど、顔は笑っている。けっこう楽しんでくれてるみたいだな、よかったよかった。
「どうせならとことんまでやんなきゃダメっしょ!」
「そうそう、まだメインイベントが残っているぞ」
 乾がキランと眼鏡を光らせた。それを合図に、海堂が部屋の中心に置かれたテーブルの方に歩み寄る。
 テーブルの真ん中には、わりと大きめなケーキ。ケーキを取り囲むように置かれたご馳走は……海堂のお母さんが作ってくれたのかなあ? あとでお礼言っておかないと。おかしやジュースは英二たちが買ってきたんだろうけど。あ、お寿司もある。これはタカさんかな。
 ケーキの上にさされた十三本の蝋燭に海堂が火をつけると、タカさんが部屋の電気を消した。
「……まさか、歌うのか、英二」
「とーぜん! せーのっ!」
 ハッピバースデートゥーユー〜とノリノリで歌っているのは、英二と桃と、意外にも乾の三人。照れながらも参加するのが、タカさんと不二と俺、さんざん英二と桃と乾にせっつかれただろう海堂。手塚の声は……今のところ聞こえてこない。
 なんにせよ、男の声だけで歌われると、けっこう……いや、わざわざ言うのはやめておこう。空しくなるだけだから。
『ハッピバースデートゥーユー〜〜〜〜〜〜』
「さあいけ、おチビ!」
「えっ……」
「先輩めーれーだぞ!」
「菊丸先輩はもう引退したじゃないッスか」
「じゃあ部長命令だ! 行け、越前!」
「……」
 越前は重い腰を上げる、と言った様子で、蝋燭の火を吹き消した。
 部屋は一瞬、真っ暗になり。
 タカさんが電気をつけるのを合図に、歌っている最中に渡されたクラッカーを、全員がいっぺんにはじけさせて。
「そんじゃおチビの誕生日祝はこのくらいで、次はクリスマスー。一応ジュース色々買ってきたから、好きなの注いでくれな!」
「越前のために牛乳も買ってきてあるぞ」
「……ファンタありますか?」
 ぶすっとした顔で、越前は俺を見た。ジュースの入った袋は、俺の足元においてあったからだ。
「あるぞファンタグレープ」
 他にはコーラとか烏龍茶とかオレンジジュースとか。
 ごく一部、アルコールと思わしき瓶があるのは、俺の気のせいじゃあ……ないよな。
 英二の奴、このために俺と手塚を買い物係からはずしたな、絶対。そして乾を買い物班に入れたのは、自分や桃だけで酒を買いに行ったら売ってもらえないと思ったからじゃないか? けっこう計算高いところもあるじゃないか。
「おい、これはなんだ?」
「まーまー大石先輩、固い事言いっこナシで! せっかくクリスマスなんだし。皆で分けたらチョットじゃないッスか!」
「何考えてるんだ! 体に悪いから、未成年者の飲酒は法律で禁止されているんだろ! 法律を知ってるか? 桃!」
「はいは〜い、俺知ってる〜! バレなきゃ何してもいいんだよね!」
「え、英二……!?」
「そうだぞ大石。よく考えてみろ。俺たちは越前を除けば、すでに日本人の成人男性の平均かそれ以上まで発育している。体質的に駄目でない限り、アルコールを摂取した所で問題は無いだろう」
 ……そう言うものか……?
 何かふに落ちないものを感じつつ、こんな状況なら確実に口を出してきそうな手塚が沈黙を保っている事が気になり、俺はそちらに視線を送る。
 話を聞いていないわけではないみたいだ。すごく冷たい目で英二たちを睨んでる。だからと言って何か注意する様子はない。
 ほっとけって、事だろうか?
 まあ確かにあいつら、すでに俺の話なんか聞く耳持たないと言った感じだ。一度痛い目を見せた方がいいのかもしれない。
 俺は越前に振り返り、コップにファンタグレープを注いだ。
「越前、お前は絶対、こんな先輩になるなよ」
「俺は日本酒でひとり酒の方が好きッスから。カクテルはいらないッス」
 ……越前……。
 くるり、と俺はタカさんを見る。
「あ、ホラ、うちは商売柄、さあ。親父も、昔は十五で成人だったんだぞとか言うしさ、職人は酒のんでナンボだとかさ! で、でも、今日はいらないよ! コーラ飲もうかな!」
 ……タカさんもか……。
 不二はなんて言うか、聞くのも怖い気がする。ものすごく高いワインとかブランデーとか飲んでそうで。
 そうだよな……けっこう、そんなもんなんだよなあ。両親ともにアルコールに弱くて、料理酒すらほとんど使わないうちがめずらしいんだよな、きっと。
「手塚は烏龍茶でいいか?」
「ああ」
「スポーツ選手に飲酒と喫煙はご法度だもんな」
 うんうん、とひとり頷きながら、手塚のコップに烏龍茶を注ぐ俺。
 俺も烏龍茶にしたいところだけれど、クリスマスっぽく(?)ジュースにしておこう。
「大石先輩、俺も烏龍茶お願いします」
「海堂……!」
 海堂、俺、嬉しいよ。こうして、たとえ少数派でも、仲間がいてくれる事がさ。
「だいたい、明日も部活だっつうのに、前日に酒飲むようなバカが信じらんねぇッスよ」
「あー? なんだマムシ。今なんつった?」
「てめーが筋金入りの大バカだっつったんだよ!」
「ああ?」
 睨み合う海堂と桃。まさに、一触即発、だ。
 このふたり、まだ仲良くなれないんだな。犬猿の仲とでも言うのか……これで本当に部長と副部長、やっていけてるのか?
「はいは〜い、桃、海堂! 今日はケンカはご法度〜! みんなグラス持ったね? じゃ、かんぱ〜い!」
『乾杯!』
 英二の合図で皆が乾杯し、ひとまず平和が訪れた。


3へ続く
テニスの王子様
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