向こうで桃と英二はずいぶんできあがっていた。顔を真っ赤にして、陽気に肩組んで歌っている。俺はなんとなく、とあるバラエティー番組の酔っ払い相手のクイズのコーナーを思い出してしまった。 しかし……率先して酒を購入した割に、ふたりとも弱いじゃないか。ふたりの隣に居る乾や不二やタカさん(不二に引きずられて、結局仲間になってしまった)は、平然とした顔をしているって言うのに。いや酔っ払おうと平然としていようと、未成年の飲酒はいけないんだけどな。 俺ははあ、とため息をついて、ジュース組の方に視線を戻した。ジュース組と言っても、手塚と海堂はお茶なんだけど。そしてそれぞれあまり喋るタイプじゃないから、妙な静けさが漂っている。 ファンタグレープのボトルをひとりで空けそうな勢いで飲み続ける越前は、ケーキやチキンや寿司を堪能したあと、「うるさいなあ」とでも言いたげに飲酒軍団に冷たい一瞥をくれたあと、おもむろにテレビに近付いて、タカさんが持ってきたゲーム機を接続しはじめた。 一緒に入っていたソフトを眺め、それからくるりと振り返って。 「大石先輩、対戦しません?」 「俺とでいいのか?」 「だってあっちの人たちはムリでしょ」 越前が示す先には、飲酒軍団。 別に飲酒軍団じゃ無くてもいいんじゃないかと思ったけれど、手塚と海堂と俺じゃあ、ゲームの対戦相手として俺が選ばれても仕方ないかもしれない。俺は英二に付き合ってゲームする事あるから、他のふたりよりは少し(だいぶ?)慣れている。 「どんなゲームだ?」 「普通の格ゲーッスよ。俺もやった事ないヤツなんでよく判りませんけど」 「とりあえずやってみれば判るかな?」 俺は越前の隣に移動し、コントローラーを握った。キャラもそのキャラの癖も判らないから、適当なのを選んで、と。 最初の対戦は、一分もたたずに越前の圧勝。ときどき必殺技を決められてしまい、対応のしようがなかった。 「大石先輩、あんま強くないッスね」 「いいよ、遠慮無く弱いって言って。ええと、ちょっと俺にも説明書見せてくれ」 パラパラパラ、と説明書をめくり。 ええと、必殺技はふたつ。方向キーと○ボタン……それから……なんだこの複雑なコマンド入力方法。素人に出せるのかな? 「よし判った。じゃあもう一回行こう」 「少しは楽しませてくださいよ」 「ああ、努力はする。さっきのは越前につまらなすぎたよな」 そして再戦。 「なっ……!?」 なんと、俺の勝ちだった。さっき覚えた必殺技が面白いようにぽんぽん決まって、越前のキャラの体力ゲージがあっと言う間に0になってしまったのだ。 そこから越前は無言になって、俺の意思も聞かず、何度も対戦を繰り返した。時にあっさりと、時に苦戦しつつ――結果俺の五連勝。 「なんだぁ越前! お前よわっちいの!」 いつの間にか全員が、俺たちの対戦のギャラリーになっていた。 「桃先輩うるさい!」 「まーまー、おチビ、そう怒るなってぇ〜。そーだ! 俺に代われよ! 俺も大石と対戦する〜!」 「やだ」 「ずるいぞおチビぃ! 俺だってゲームしたいしたいした〜〜〜〜〜い!」 あ、英二がゴネて、暴れはじめた。 だから、海堂家に迷惑をかけるような事はやめてくれって言ったじゃないか……。 「ほら、英二。じゃあ俺と代わろう。お前と越前が対戦すればいいじゃないか」 「あ、そっかー!」 俺が英二にコントローラーを渡そうとすると、越前がギロッと俺を睨む。なんか、越前にこれほど感情を剥き出しにされたの、はじめてかもしれない。 「ずるいッスよ大石先輩。勝ち逃げっすか?」 「……」 勝ち逃げまで言うか……? 俺はちらりと横目で越前の表情を確かめた。 テニスじゃないんだぞ、これは(そもそもテニスなら俺は越前に勝てないと思うけど)。そんなにムキにならなくてもいいじゃないか、と少々呆れつつ、越前が妙に年相応な、コドモっぽい所を見せるので、俺は楽しくなってしまった。 「はいはい、じゃあ次行くぞ」 キャラクターを選んで、七度目の対戦。 結果は俺の負け。 「俺の負けだな」 「……」 「じゃあ代わるか? 英二。越前は強いから気を抜くなよ」 「わーい、ありがと大石〜〜!」 「……大石先輩」 立ち上がろうとした俺の袖を、越前ががしっと握り締めた。俺はバランスを崩し、元の位置に座りなおすはめになる。 「今、手ぇ抜きませんでした?」 「え!? 手、手なんか抜かないぞ! そんな事俺がするわけないだろう!」 と、一応反論はしてみたけれど、越前の目は冷ややかだ。 ……バレたか。 越前が勝つまで開放してもらえそうにないし、そろそろ英二にやらせないとうるさそうだからと負けてみたんだけど……けっこう、さりげなく、惜しい所で負けるように演出してみたんだけどなあ。騙されてくれなかったみたいだ。 「もう一回」 「……はは」 こりゃタイヘン、と俺は越前に聞こえないように呟いた。 楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去ってしまう。 コーラとオレンジジュースがペットボトルに半分くらい残っているけれどそれだけで、あとの食べ物も飲み物も(酒も!)すっかりなくなってしまった。 「お前たちは先に帰ってろ。沢山歩いて、アルコール抜いてから家に帰れよ」 飲酒組と主役の越前を先に帰らせて(不安なので、桃と英二は他の三人に家まで送ってもらうように頼んだ)、残った三人は片付けだ。 「本当に、すまなかったな海堂。こんなにちらかして」 「……別にいいッスよ」 「ありがとう。あと手塚も悪いな、片付け付き合せて。お前が一番遊んでないのに」 「人の事を言えるのか、お前は」 「言えるよ、俺、結局越前と二十戦近くゲームやってただろ? そのあとお前とパズルゲームで対戦もしたし、多分一番遊んでるよ」 さて、と。 出たゴミは全部ひとまとめにしたし。あとは食器とかを台所に運ぶだけかな。 「海堂、これどこに持っていけばいい?」 俺は重ねた食器を乗せたお盆に手をかけ、海堂に訊ねた。その隣に置いてあるお盆を手塚に持っていくように指示するのも忘れない。 「いいッスよ。俺がやっておきますから」 「ひとりでやったら三往復しないといけないだろ。それに、海堂のお母さんにも御礼言いたいし」 「……こっちッス」 海堂も別のお盆を持って、俺たちを先導した。 海堂の部屋が広いだけあって、海堂家そのものも広くて綺麗だ。隅々まで掃除されているし、きっちりしていて気持ちがいい。 うわ、台所も広いなあ。 「あら、わざわざ持ってきてくれたの? 悪いわね」 エプロンつけて台所に居た海堂のお母さんは、言っていいのか悪いのか、あまり海堂に似ておらず、可愛らしい雰囲気の人だった。 「どうもすみません。大人数でおしかけた上に、ご馳走まで作っていただいて」 「まあまあ、ご丁寧に。大したもの出せなくてごめんなさいね?」 「そんな事ありません。とてもおいしかったです」 「そう? お口にあってよかったわ。よければまた、遊びに来てやってね」 遊びに……来るかなあ、俺、また。海堂のところに。 多分無いと思いつつ、まったく無いとは限らないから、とりあえず笑って頷いてみた。 「本当に、騒がしくしてすみませんでした。お邪魔しました」 俺と手塚はぺこりと頭を下げ、玄関まで送ってくれた海堂にも「ありがとな」と言って、海堂家をあとにした。 「お! 雪が降ってるぞ、手塚!」 玄関を出ると、白い雪がちらちらと、空から降りてくる。 東京の雪は水っぽいから、傘を持たずに歩くとあとで大変な事になるんだけど、まあこのくらいならいいよな。 「けっこう楽しかったな。たまにはこんな集まりもいいだろ?」 「……」 手塚が何か考え込んでる。「そうだろうか」と本気で悩んでいそうな顔だ。 うん、まあ……俺も、「楽しかった」と「疲れた」がどっこいな感じなんだけどさ。それでもやっぱり、楽しかったと素直に言えるよ。 「今度似たような集まりがあったら、その時は、眉間の皺もう一本減らすようにしろよな」 「……努力する」 努力しないでそうできるようにしてほしいんだけど、俺は。 でも、「次は参加しない」って言われなかった事が嬉しいから、いいか。 俺はひとりで、手塚から隠れるように笑って。 「雪、すぐやむといいな。明日海堂たち練習あるんだもんな」 「そうだな」 ふたり、こころもち空を、降り注ぐ雪を見上げる。 そうして俺たちは、祭の後の静かな寂しさを紛らわしながら、家路を辿ったのだった。 |