たとえ色気や華やかさが欠片もない勉強会って言っても。 夜は別の用事があるから昼間だけでお別れだったとしても。 好きな人とクリスマスイブを過ごせるのは、ちらっとも顔を合わせられないよりはずっと、嬉しい事、だよね。きっと。 「ねぇねぇ桜乃、カレンダーとかちゃんと見てる?」 朋ちゃんとふたりで期末テストの最終日、帰りがけに駅前のレストランに寄って。 お昼ご飯を食べている時に、突然そんな事を聞かれた。 朋ちゃんの話題が突拍子もなくておもしろいのはよくある事だけど、それにしてもなんで突然カレンダーなんだろう。 「カレンダー? 見てると思うけど……人並には」 「じゃあ、クリスマスイブは何曜日でしょう!」 食後に頼んだミルクセーキを飲みながら、私は多分眉を寄せていたと思う。 ぱっと浮かんでこなかった。……何曜日だろう。やっぱり私、あんまりカレンダー見てないのかもしれないなあ。 クリスマスイブに皆で遊ぼうねって約束して、手帳に予定を書きこんだのは秋のはじまりくらいだったから(皆予定立てるのはやすぎるよね)、それ以来クリスマスイブを確かめてなかったし。 「ほら。や〜っぱり、判ってない!」 朋ちゃんは得意げに、デザートにと頼んだミルクレープをぱくつきながら笑った。なんだかちょっと、悔しくて、私はストローに歯を立ててしまう。今日の日付から数えれば、イブの曜日なんてすぐに判るけど、考えるのやめた。 「それで、イブの曜日がどうかしたの?」 「火曜日だよ、桜乃」 「え?」 「だーかーらー! イブは火曜日なの。再来週の火曜日! 判る?」 「う……ん」 イブが火曜日で、この話題をわざわざ持ち込んだ朋ちゃんの意図も、なんとなくだけど理解した。この間から朋ちゃんは頻繁に、大石先輩の話題を取り上げるんだもの。 火曜日。 放課後、大石先輩に勉強を教えてもらっている日。 一度約束した時から、私たちはごくあたりまえに図書室で待ち合わせて、二時間くらい一緒に過ごしている。 「いいな〜、桜乃。わざわざ約束しなくても、イブに会う事決まってるなんて。まあ気分が盛り上がって何してもいいけどさ、五時からの約束と報告は忘れないでよね! ちょっとくらいの遅刻は大目に見るからさ!」 朋ちゃんはおもしろそうにそんなこと言うけれど。 とてもじゃないけど、笑って返す事はできなかった。 たぶん朋ちゃんは、せっかくのチャンスなんだから行動に出なさい! って言いたいんだろうけど……やっぱりそんな勇気、出せそうにないし。 それに先輩は三月で卒業しちゃうから、残された時間はほんの少ししかなくて。その少しを、自分から捨てるなんて事、したくないなあ。 「でもね、朋ちゃん。イブって事は、終業式だよ? 勉強会は、無いんじゃないかなあ」 「そうなの? 決まってるの? 終業式は勉強会無しって?」 そんな事わざわざ決めてるわけない。勉強会がはじまってから一度も、終業式挟んだ事ないから。 「決めてないけど……それに、大石先輩だって用事あるかもしれないし。か、彼女とかと……」 何気なく言うつもりだったけど、自然と声は震えてしまっていた。自分の言葉に自分で傷付いてどうするんだなんて、笑われてしまいそうだけど。 「大石先輩に言われたの? 彼女居るとか」 「言われてない……よ」 だって先輩には私に報告する義務なんてないし。だから言わなかっただけで、本当は居るかもしれない。 報告なんてされたくないよ。 本当の事なんて知りたくもないもの。 「でしょー? 絶対居ないって、大石先輩に彼女は! 私が大石先輩の彼女で、桜乃と週二回も勉強会開いてるなんて知ったら、絶対嫉妬して、怒ってやめさせるもん!」 「そう、かな。でも、彼女さんが気付いてないだけかも……」 ちっちっち、と朋ちゃんは立てた人差し指を左右に振った。 「どんなに鈍い人だって、彼氏が毎週決まった時間に用事入れてたら気になって聞くって。そしたら気付かないわけないじゃん! それに、大石先輩ってこう言う事彼女に秘密にできるほど器用じゃないと思うけど」 それは、そうかも。優しすぎて嘘のつけない人、だよね。 「とりあえず聞いてみなよ。終業式も勉強会してくれますかーって、冬休みの宿題が判んないとかなんとか言って。時間が作れたら、あとは成り行きだよ、桜乃、がんばれ!」 朋ちゃんはガッツポーズを決めて、明るい笑顔で私を応援してくれた。 そんな朋ちゃんだから。明るくて、前向きで、めげる事を知らないんじゃないかって思えるほどに強い朋ちゃんだから――今回ばかりは、ホントの事、言えない。 ホントはね、朋ちゃん。 私は怖いんだ。 先輩の事好きだって判ったあの時から、怖くて怖くてどうしようもなくて。 先輩の隣に居る人が誰かひとりに決まってしまって、それで、私はもう隣に居られないんだよって言われたらどうしようって、そればかり考えて、不安になってる。 不安になって、上手く眠れなかったり、集中できなかったりで、せっかく教えてもらった数学が頭に入らなかった時は、ホント情けないなあと思った。これじゃあ彼女うんぬんなんて関係なしに、呆れられて見捨てられてもしょうがないかもしれないって思ったり。 でも。ううん、だから、かな。 クリスマス、少しだけでもいいから一緒に居たいなあ。そしたら、なんとなく特別に思えて、はげみになるような気がするから。 もっと贅沢言えるなら、クリスマスなんて関係なくて……とかも思っちゃうけど。 「とりあえず、今度の勉強会の時、先輩のクリスマスの予定、聞いてみるね」 「うんうん、まずはそれからだ!」 朋ちゃんはちょっと偉そうに腕を組んで、こっくり頷いた。 「それで、先輩に予定がなかったら、がんばってケーキを焼くね。デコレーションだと持ってくる時に崩れちゃいそうで嫌だから、シフォンとか、タルトとかにするけど」 「いいね〜。もう一個作って、ウチにも持ってくるんだぞ。皆で食べるために」 朋ちゃんの手が、私の頭を軽く、でも何度も何度も叩いた。 ごめんね、朋ちゃん。私、意気地なくて。 でも、こうして朋ちゃんが元気付けてくれるから、少しだけ強くなれるんだよ。 朋ちゃんが居なかったら、きっと私、先輩が好きだって認める事もできないくらい弱虫のままだったもの。 結局、先輩のイブの予定は夕方まではあいていて。 前日の私は、朝から晩までケーキと格闘する事になった。 |