あの背中にどれだけのものを背負っているんだろうかと考えはじめたら、まとまらなくて頭ん中ぐちゃぐちゃになって、考えんのを諦めた。 髪の色以外何の変化もなさそうだけど、心ん中じゃ色々変わってんだろうなと想像して、想像しきれなくて諦めた。 結局俺ってただのバカなんじゃ? って一瞬考えたけど、俺じゃなくたって諦めるしかねーって、って、自分を慰めてみた。 「神尾、何か悩みでもあるの?」 心配そうな顔をして俺を見上げる森に、「何も」と答えるのは嘘を吐いているようで気がひける。でも、そうするしかない。俺の口から言っていい事じゃないと思うから。 「なんだよ。悩み、ありそうな顔、してっか?」 「おう。今にも知恵熱を出しそうな顔してるぜ」 答えたのは森でなく内村で、にやりと笑いながら立ち去っていく内村の帽子目掛けて、手の中にあったテニスボールを投げつけた。 俺は元々ものすごくコントロールがいい訳でもないし、相手は動いてるしで、ボールは帽子じゃなく内村の背中にぶつかったんだけど、まあぶつかった事にかわりねえし、内村は足元に転がったボールを拾い上げて、俺に投げ返してきた。 違うって。 俺、こんな事してる暇、ねえんだって。 恩は沢山あるけど、別に恩返しとか、そう言うつもりじゃない。ただ、何かしたいって思った。でも、俺に何ができるか判らなかった。 けど、やっぱりじっとしてられねーし。 「俺に何かできる事、あんのかな」 質問しているのかひとり言なのか判り辛い言い方は、ちょっと卑怯だったかもしれない。ちゃんと言い直そうかと、隣に立ってた杏ちゃんに振り返ると、杏ちゃんは真剣な目で俺を見上げてた。 ちゃんと聞こえてて、ちゃんと受け止めてくれている。それが判って、ちょっとほっとした。 「お兄ちゃんに、って事?」 疑問形で聞いてたけど、ただの確認でしかないんだと思う。不思議そうな顔とか、訳が判らないって顔はしてない。 「……うん」 正直に答えると、杏ちゃんは何とも言えない複雑な表情をしてから、俺から顔を反らす。何歩も先の足元を見下ろして、しばらく黙ってた。 「ごめんね。余計な事話して、神尾くんを悩ませちゃったね」 「いーやいやいやいや。謝んなくていいって! 嬉しいんだから! 知らないよりも、知ってる方が絶対、いい!」 身振り手振りも合わせて慌てて否定すると、焦った俺がヘンだったのか、杏ちゃんは少し吹き出した。 ヘンかどうかはともかく、いっぱいいっぱいだったのは間違いねえよな。笑われても仕方ない。おう。 「私もね、一年前に凄く考えたんだ。私がお兄ちゃんにしてあげられる事、何かないかなあって。何かしてあげたくてしょうがなかった」 笑い終わって、杏ちゃんは話しはじめた。たぶん、俺が最初に言った質問の答えを。 「お兄ちゃんのためじゃないんだ。何もしないで見てるだけなのは、私が辛いから、だから一生懸命考えた」 一年前の杏ちゃんの気持ちを、俺なんかが判るわけがない。けど、十分の一くらいなら、判るんじゃないかと思う。十分の一くらいにしたら、今の俺の気持ちくらいにはなるんじゃねえかな……もっと小さいかな。 「何、したの?」 待ちきれなくて、急かすように俺が言うと、杏ちゃんは小さく笑った。 「何も」 「何も?」 「私にできたのは、余計に辛い思いをさせないために、何もしてあげない事だけだって判ったの。だから、何もしなかった」 それは、そうなんじゃないかなって、俺もちょっと考えた事だった。 そばに居て、慰めて、できる限りの手助けして。もしかしたらそれは、橘さんによって余計に辛い事なんじゃないかって、思ってた。それでもまだ何かあるんじゃないかって、俺は杏ちゃんに頼っちまったんだ。 「神尾くんにまで辛い思いをさせちゃうね。本当に、ごめんね」 俺は慌てて首を振った。 俺が辛いとか、そんなん大した事ないし、どうでもいい。 ただ。ただ、それは。 「杏ちゃんは」 それ以上続けられなくて、俺は黙って杏ちゃんを見下ろした。俯いたままだったけど、ちらっと覗いて見える横顔は、微笑んでるように見えた。 「優しい妹だよね、私って!」 杏ちゃんは冗談っぽい口調でそう言ったけど、 「……うん」 俺は本気で答えてしまった。 うん、本当に、そうだね。 |