レギュラーだとか非レギュラーだとかで差別がないのがウチの学校のいいトコなんだろうけれどよ、さすがに試合の前日くらいはコートをレギュラーに使わせてくれてもいいんじゃねえか? すでにいっぱいになっちまってるコートを眺めながら俺は思ったんだが……ま、今更言ってもしゃーねえよな。みんなが楽しそうにはしゃいでいるトコに水をさすのもなんだしよ。 俺はラケットをその辺に立てかけて、緩みかけた靴紐を結びなおした。コートが使えねえとなると、何すっかなー。 天気もいいし、いい風吹いてっし。とりあえず走ってみっか、と俺は決めた。どうせ走るなら、グラウンドぐるぐる回っててもつまらねえから、外行くか。 「おいダビ、ヒマなら外走りに行かねえか?」 「行く」 コートを見てぼんやり立っていたダビデに一応声かけてみっと、ダビデは迷わず頷いて、ぼてぼてと俺の後ろをついてきた。 「亮さーん、準備いいー!?」 剣太郎の大声が聞こえたのは、俺たちコートを出て、校舎の前にさしかかろうとした時だった。 ただでさえ通る声だっつうのに、大きな声出しやがって。グラウンドの端から端まで聞こえちまうんじゃねえか? ま、(一応)部長だって事を考えれば、立派な長所なんだろうけどな。今はただの騒音だ。 別の部活や下校途中の生徒にちらちら注目を浴びている事に気付いてなさそうな剣太郎は、きっと俺たちの存在にも気付いてねえ。だたひたすら、上に向けて大きく両腕を振っている。 「準備オッケーだよ。くすくす」 剣太郎に返す亮の声が上から聞こえて、俺は見上げた。 亮は、剣太郎の真上の二階の教室の窓から身を乗り出していた。片手で帽子を押さえてる。多分、風に飛ばされねえようにだろう。んで、もう片方の手には何か小さいもんを持ってる。 「何してんだ、お前ら。今日は自主トレだから何をしてもいいんだろうが、どう見てもトレーニングじゃねえだろ?」 怒るつもりで言ったわけじゃない。亮はともかく剣太郎はいつもはしゃいで、率先して練習をするようなヤツだから、さぼってるのが珍しいと思っただけだ。 俺の質問に、剣太郎は少し照れくさそうに笑う。 「もちろん、もう少ししたらトレーニングもちゃんとするよ! でもね、これだけはやらないと、って思って!」 「これ?」 「うん。あのね、成功したら、うちがストレートで勝って、ボクはかわいい女の子たちに囲まれて、もってもてになるんだって! でも、失敗したら、明日うちは負けちゃうんだ!」 うきうきしながら断言する剣太郎には、これ以上何を聞いても判りそうにねえな。 俺はもう一度二階を見上げる。 亮は意味が判らず戸惑っている俺を見て楽しそうに笑ってやがった。こりゃ、質問したところで素直に答えるとは思えねーな。となると、見て判断するしかねえか。 「じゃ、亮さん、いくよー」 剣太郎は真上を見上げ、両目を大きく見開く。 亮は何かを持っている手の方を、外に精一杯突き出した。 あの手の中にあんのは――。 「いや、ちょっと、待て!」 俺は剣太郎の頭をはたいて、その場から押しやる。真下から剣太郎が居なくなった事で、亮は腕を引っ込めた。 「今の、誰からの入知恵だ、剣太郎」 「え? 何が?」 剣太郎は叩かれた頭をさすりながら、不満げに唇を尖らせる。 「だから、成功したらもてもてだとか、失敗したらうちが負けるとかだよ」 「亮さんだけど」 だろうな、とは思ってたんだけどよ。これで確信が持てた。もしかしたらサエかもしれねえって思ってたからな。 俺が睨み上げると、亮は頬杖をついてくすくすと笑い、俺たちを見下ろしている。いや、あれは俺たちを、じゃねえな。俺だけを笑ってやがるな。 「二階から目薬落として、下にいるヤツの目に入るわけねーだろうが!」 「そうかな? やればできない事はないと思うけど? くすくす」 亮は手の中にあった目薬を、自分の目の高さに掲げた。 「だって考えてもみなよ、バネ。『二階から目薬』って、『なかなかできなくてもどかしい事』って意味だよ? 『不可能な事』って意味じゃないだろ?」 そして、反論しにくい屁理屈こねやがった。 「うっ……」 いや、確かにそうなんだろうけどよ。 だけどよ! 「そうだよ、バネさん! なかなかできないからこそ、すごいプレッシャーかかるんじゃん! わくわくするなあ!」 「お前にプレッシャーかかるのはいいけどな、勝手にウチを負けさすな!」 べちり、と俺はもう一度剣太郎を叩く。 「あ、バネさん、ボクが失敗するって決めつけてるだろ! ひどいよ!」 「失敗するに決まってんだろーが、そんなもん!」 「判らないじゃないか! だからチャレンジするんだよ! バネさん、夢がないよ!」 「夢とかそう言うモンか! これが!」 「バネさんバネさん」 剣太郎と俺の口論を遮るように、低く静かな声が俺を呼んで、ちょいちょいと肩をつつく。 んだよ、邪魔しやがって! って思いながら振り返る俺。 ああ、そうだった。居たんだっけな、ダビデ。悪ぃ、自分で誘っといて忘れてた。 「亮さん、受けとって」 ダビデはポケットから取り出したものを投げ上げて、亮は見事にそれをキャッチする。目薬の代わりにそれを目の高さに掲げ、 「……貝?」 と疑問を交えつつ呟いた。 「うぃ」 「それがなんだってんだ?」 「……二階に貝」 「……」 「……ぷっ」 一瞬後、俺の回り蹴りは綺麗にダビデの後頭部にヒットした。 ったくよ! こいつらにいちいち構ってられっか! もう勝手にしろ! |