タイムカプセル

「なあなあなあ、俺たちもタイムカプセル、やんねぇ!?」
 アキラは部室に飛びこんで来るなり、目を輝かせながら言った。少し興奮しているのか、いつもより顔に赤みがさしている。
 きっと昨日の晩から、みんなにそう言いたくて仕方がなかったんだろう。昨日の夜、そんな(いかにもお涙ちょうだいな)番組がテレビでやっていたから、その番組に影響された、で間違いない。俺はあんまり興味がなかったらその番組は見なかったけども、テレビ欄で番組タイトルや内容を確認した時に、あいつとかあいつとかいかにも見そうだなあと思ったもんだ――アキラは、少し予想外だったけどな。
 なんにせよ、アキラは相手を選び間違えた。あるいは、話を切り出すタイミングを間違えた。
「なんでそんなもんやんないとなんねーんだよ。めんどくせえ」
「十代のうちから将来過去の感傷に浸る準備するのって、後ろ向きにもほどがあるよね。だいたいさ、しょぼくれた中年が過去の事だけ楽しそうに話しているのって、見ていて哀れだなあと俺は思うけど、神尾はそう言う大人になりたいんだ。まあ、目指す将来なんてそれぞれだし、好きにすれば? ただ、俺を巻きこむのだけはやめてほしいけどね」
 内村と深司ふたりは表現方法こそ正反対だったけども、伝えたい事だけはまったく同じ意見を、ほぼ同時にアキラに投げかける。
 言葉と視線に圧倒されて、何歩かあとずさったアキラは、ドアを塞ぐ障害物のおかげで部室の外に追い出される事からは免れた。
「何してるんだよアキラ。早く入れよ」
 何も知らないんだから仕方がないんだろうけど、今までの状況を知っていて言ったらけっこう酷い台詞を吐きつつ、石田はアキラごと自分の体を部室の中に滑り込ませた。それに続いて、森も。
 険悪(?)だった空気が、ふたりの登場で少しだけ和む。
「あ、ねえねえ、来るまでの間石田と話してたんだけどさ、俺たちもタイムカプセル、やんない!?」
 今までの状況を知っていたらけして言わなかっただろう台詞を吐きつつ、森はにっこり笑った。その後ろで、石田も微笑んでいる。
 やっぱり見てたんだなこいつら。例の番組。絶対そうだと思ったんだ。
「パス」
「俺も。柄じゃないしね」
「なんだよお前ら俺に対してよりぜんぜん優しいじゃねーじゃねーかよ!」
 今までの状況を知っていたら当然とも言えるアキラの訴えは、内村と深司にあっさりスルーされ、状況を知らない森と石田は不思議そうに神尾を見つめつつ、それ以上ツッコむ事もできないようだった。
 がんばれ、アキラ。多数決ならお前の勝ちだからな。
「せっかくだからみんなでやりたいよね」
「うん、みんなでやらないと、意味がないよな」
「テニス部の思い出つめこんでさ。十年後とか二十年後とかに集まって、みんなで掘り起こすの、いいよね」
 森と石田は、交互に意見を並べたてて、内村と深司の説得に入った。
 ん? 俺はもう賛成派に入ってるのか? 無視されてるわけじゃねえよな?
 ま、俺はどっちでもいいけど。
「思い出って、何をつめるのさ」
「うーん。たとえば、この間もらった関東大会三位の賞状とか」
「あれは学校に飾られちゃってるだろ。なんたって快挙なんだから」
「そっか。じゃあ、石田が波動球でだめにしちゃったガットとか」
「しょぼ……」
「石田が波動球でだめにしちゃったボールとか」
「って、つめこむのは石田の思い出かよ!」
 おいおい、お前がツッコんでどうする、アキラ。
 気持ちは痛いほど判るけどな。お前があと一瞬遅かったら、俺がツッコんでたよ。さすがスピードエースだ。
「えーっと……」
「何話こんでんだお前ら。来たなら早く着替えろ」
 開けっぱなしのドアから、橘さんが顔を覗かせた。
 口では注意するような事言ってるけど、顔は優しい。それはきっと、今の時間が本来の集合時間より三十分も早いから、だろう。みんながそれぞれ自主的に早く集まったってわけだ。
「あ、そうだった! すみません」
 着替えていない三人が、慌ててロッカーに近寄ると、
「話、ずいぶん盛り上がってたみたいだな」
 橘さんは中断した話に戻してくれた。
 森と石田と神尾は、手を動かし続けたまま、目をキラキラ輝かせて、同時に橘さんを見る。
『橘さん、タイムカプセルやりません!?』
 三人が見事にハモったもんだから、橘さんは一瞬引いた。それから、「タイムカプセル……?」と小さく呟いて、何かに思い至ったらしい。
 橘さんは見てないみたいだな、昨日の番組。家族の誰かが見ていたのかな。
「いいんじゃねえか」
 橘さんはにっ、と力強く笑ってから、
「けどよ。あれは普通同級生で卒業する時にやるもんじゃねえのか?」
 言われてみればそうかもしれないツッコミを口にした。
「普通なんてどうでもいいんじゃないですか。俺たちはこのテニス部の思い出を残したいんです」
 うわ!
 深司のヤツ、切り替え早っ! アキラへのあのたたみかけるような拒絶はつい数分前だぞ!
「あ、これとかいいんじゃないっすか。もういらないけど、俺たちの象徴みたいなもんでしょ」
 内村のヤツも、さも当然みたいに、石田が書いた「行こうぜ全国!」指差してるし!
 いいのかお前ら、それで!
「じゃあ俺、何入れよっかな〜」
「あとさ、どこに埋めようか?」
「校舎裏の作りかけのコートのとことか、いいんじゃないか?」
 人がいいっつうか単純ばかっつうか、アキラも森も石田も、深司や内村の突然の寝返りを特に気にしてる様子はない。
 ……んじゃ、いいのか。俺がどうこう言う事じゃねえからな、きっと。
 さて。俺も何入れるか、考えないとな。


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テニスの王子様
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