昨日の敵は明日の友達

 昨日の敵は今日の友、と言うことわざをあてはめていいのかは判らないけれど。
 かつて苦戦を強いられた相手である不動峰と、いちいちお互いの戦況を報告しあうって言うのは、結局そう言う事なんじゃないかと思う。わざわざ報告に行くわけでなく、たまたますれ違った時、だったとしてもね。
 裏事情があるとは言え山吹中を相手に苦い敗北を味わった彼らが立ち去る後姿は、いつもの力強さが足りないように見えた。原因は、敗北だけではないんだろう。会場内に居るだけで何度も耳に入る、心無い噂話が主な原因じゃないだろうか。
「なんかこう言うのってさ、いいよな!」
 彼らの仇討と言うわけではないけれど、妙に闘志を燃やした青学一同の中に、自然と沈黙が流れていたから、普段通りの英二の声は、やけに大きく響いて聞こえた。
「昨日の敵は明日の友達って感じで!」
 そんなことわざ、あったっけ?
 まあ、言いたい事は僕と変わらないんだろう。安心する反面、僕自信の事が少し不安になってしまった。
 同じなんだ、僕……。
「あとさ、前から思ってたんだけどさ、不動峰の黒いジャージ、けっこーカッコいいよな」
 何で今それをネタにするのかな、空気を読めよ、とみんながみんな心の中でツッコミを入れた(多分)。
 ここはいっそ腹を立てるべきところなんじゃなかろうかと思いながら僕は英二を見上げて、すぐにまあいいかと思い直す。
 今の僕らは少し空気が硬くなりすぎてる。英二くらい気楽に構えている方がいいはずだ。
「うんうん、俺も思ってた」
 同じ事を思ったんだろう。英二の意見にタカさんが乗って、その向こうでこっそり乾が頷いていた。
「ずっと憧れてたし、やっぱりうちのレギュラージャージが一番だけど」
「不動峰の、いっぺんくらい着てみたいかもなー」
 うしし、と笑いながら英二が軽く言うものだから、
「英二はやめておいた方がいいんじゃないかな」
 僕はできるかぎり素早く釘を打っておいた。まあ、いくら英二でも今の不動峰のメンバーに近付いてって、「ジャージ貸して!」なんて言い出さないとは思うけど。
「なんでさ」
 英二は不服そうに僕に訊ねた。
「似合わないから」
 僕が素直に思った事を言うと、英二は更に不服そうな表情になって、僕に何か言い返そうと口を開く。
 その間に、彼は自分が不動峰のジャージを着てみたところを想像したんだろう。途端に表情が元に戻り、腕を組んで二度頷いた。
「そうかも。不二もケッコー似合わないよな!」
「否定はしないよ」
「乾はキモいよな」
「そうだね。わりと着る人を選ぶのかな」
「……少しは否定してくれないか」
 乾は苦しそうに呟いて、くいっとメガネを押し上げた。
 あれ、聞いていたんだ。それじゃキモいはいくらなんでも酷かったかな。僕が言ったわけじゃないけれど。
 そして乾に先にそんな事を言われてしまったら、フォローを入れようとしても入れられなくなるものだ。タカさんは開けた口を閉じて黙り込むしかなかった。
 バカだなあ乾。もう少し黙っていれば、優しいフォローが入ったのに。
「手塚とか大石は意外と似合うのかな?」
「どうだろ。とりあえず乾ほど拒絶反応はねーなー、俺」
「……」
 乾はもう何も言い返す気力が無いらしく、背中を丸めてとぼとぼとその場を去っていった。タカさんは、その背中を追いかけて行った。
 責めるなら英二だよ、乾。僕が言ったわけじゃ無いからね。
「ふたりは意外とどこのでもさらりと着こなしちゃうかもしれないね」
「そっかな〜?」
「ルドとかもけっこういけない? ほら、大石は相手色に染まるし、手塚は自分色に染めるから」
「なるほど!」
 納得したらしく、英二は両手を打ち合わせて、大きな音を立てる。なぜか自分の事でもないのに得意げになりながら、巡らせた視線を目の前のコートの前で止めた。
 小首を傾げてから、もう一度僕に向き直って、
「でも、あれはムリじゃねー?」
 苦々しい声で、コートの中に溢れる緑とオレンジを指差す。
 僕は頭の中で、一瞬で、イメージを固めてみた。
 うん、まあ。
「世の中には何事も例外があるからね」
 僕の苦しい言い訳に、英二はあっさり納得して、
「そっか!」
 と元気よく声を上げた。


お題
テニスの王子様
トップ