つまづいたり、転んだりなんて、よくある事じゃん。特に俺みたいに、運動量の多いスポーツの部活に入ってるとさ。 でもそんなのはほとんど大した事なくて、酷くても擦り傷や痣ができる程度だったりしてさ。まるで何事もなかったみたいに、転んだ事すら忘れちゃって、部活とか続けたりするよね。 「……あれ?」 だとすると、今の俺の身に降りかかった災難は、例外になるんだろう。 立ち上がろうとして足に体重をかけると、左の足首に痛みが走った。それは我慢できないほどじゃなかったんだけど(試合中とかだったらテーピングでごまかせるくらい)、完璧予想外だったから、俺もうびっくりしちゃってさ。立ち上がれなくて、その場に座りこんじゃったよ。 『千石?』 座ったまんまの俺を最初に見つけた地味’sが、声を合わせて、ハテナマークを飛び散らせながら、俺を見下ろした。 「いや〜テニスボール踏んづけちゃってさあ、転んじゃったんだよね〜。カッコ悪いなあ〜」 「ああ、それはそうだけど……どうした?」 心配そうな顔で、俺にそう聞いてくるのは南。「早く立てよ、邪魔だろ」とか言い出さないあたり、俺の異常に感付いてるみたいだ。 ま、そんな事言われちゃったら俺、亜久津みたいにぐれてやるけどね。 でもカッコ悪いって言った事に対してフォローくらい入れて欲しいよなあ。やっぱ俺、ぐれちゃおうかな。部室でタバコ吸っちゃったりね! まあそれは冗談にしてみても。 「足、捻っちゃったみたい」 俺は素直に、正直にそう答えた。 「マジかよ」 「そんな嘘吐いてどーすんの」 「お前が意味のない嘘を吐くのはよくある事だろ」 あらら、こう言うのを日頃の行いが悪いって言うのかな。 「まあそうだけど、今回は本当」 俺が肩を竦めながら答えると、ふたりは何秒か顔を見合わせて、また俺に向き直った。 「立てるか? ひとりで保健室、行けるか?」 さっきよりも少し心配してる空気を強めて、南は俺に聞く。 そりゃね。立てると思うんだよね。俺もオトコノコだしね、これくらいの痛みはへっちゃらさ! って立ち上がって走り回るくらいの根性はあるわけよ。多分。カワイイ女の子のひとりでも見ててくれれば、根性入れちゃうと思うよ。 でも残念な事に、カワイイ女の子が俺の事見てたりしないんだよね〜。まあそれでなくても歩くくらいはできるんだけどさ。 「立てないかも。連れてって〜」 にっかり笑いながらこう答えるのが、基本でしょ、やっぱ。 「は!? ったく、しょうがねえなあ……」 南はため息吐いて、隣の東方を見る。 「じゃあ、東方」 「ああ。部活の方は任せとけって」 東方はにっかり笑って、南の肩をぽんと叩いて、立ち去ってしまった。 そんな東方の背中を視線で追いかけながら、南は唖然としてた。 そりゃそうだよね。南が東方に任せたかったのは、この後の部活じゃなくて、俺の事だもん。それを東方は先回りして、上手く避けたわけだ。 って――なんだよ。ふたりして俺を押しつけあっちゃうワケ? 俺、やっぱぐれちゃおうかなあ。部室に忍び込んで、みんなのサイフからお金とったりして。 「……しょうがねえな」 南ははあ、ってため息吐いた。またひとつラッキーが逃げちゃうよ。なにしてんのかね。 「ほら」 ここで、俺はすごくびっくりしたんだよね。 普通だったら、手とか差し出してくれるとかじゃないかなあ。そんで立たせてもらってさ、肩かしてもらって保健室へ。 でも南は、それが当り前みたいに自然な動作で、俺に背中を向けてしゃがみこんでるんだよ。 「……南ってときどきものすごく意表を突くよね」 「は? 何ワケの判らない事言ってんだ?」 ま、それならそれで、俺は楽だからいいけどね〜。 俺は南の首に腕回して、背中にのしかかった。 「首、締めんなよ」 「そんな事しないよ〜」 南は俺をおんぶして、保健室に向けて歩き出す。 同い年の男として並んでみると、俺たちってけっこう身長差あるけどさ、おんぶする事考えると、あんまないよね。慣れてない重さを背負って、南ってばけっこう大変そうだ。 俺はらくちんだけど。 「あ、そっか。弟くんとか、おんぶしてあげんの?」 「しねえって」 「いつもじゃなくてもさ。転んで怪我した時とか」 南は少し黙って、 「昔はけっこうあったな。そんな事も」 ちょっと懐かしそうに呟いた。 そっかそっか。そう言うもんか〜。 俺、下が居ないからおんぶとかしてあげた事ないんだよな〜。された事もあんまりないけど。姉ちゃんあんまりしてくれなかったし。 「いいなぁ。俺、南みたいな兄ちゃん欲しかったかも!」 俺がそう言うと、南は即答した。 「俺はお前みたいな弟まっぴらごめんだよ」 冷たい事言ってるけど、完全に突っぱねてるわけじゃないんだよね。そのくらい口調で判るよ。 南ってば、照れちゃってな〜! でも、なかなかいい気分にしてもらったし。 今日は特別サービスで、からかわないでおいてあげるよ。 |