君の隣

 とにかく強かったから、入部して三日も過ぎた頃には、みんな当然手塚を知ってた。
 すげえヤツだって一目置いてたり、同学年だとか年下だとかって事すっかり忘れてただただ憧れているヤツもいたけど、まあ手塚は無愛想なヤツだし、友達って言えるのは大石しか居なかったと思う。
 って、俺がそう思えるようになったのは、実は昨日の夕方からで、昨日の昼くらいまでは、大石が勝手に手塚にくっついてんだと思ってたんだけどさ。
 だって、手塚はすげえヤツだし。
 大石は、地味でフツーなヤツだって思ってたし。
 すげえヤツな手塚が、地味でフツーな大石を友達に選ぶわけないって、誰でも思うだろ。多分今でも、昨日までの俺と同じように思ってるヤツ、多いって。
「今日から次の練習試合を意識した、実戦に近い練習を行うと、聞いているだろう?」
「うん」
 ほら。今だって手塚は、そっけない、冷たい口ぶりでさ。他人の目から見ると嫌がってるように見えなくもないる。
 でも嫌がってないんだなって、近くで、大石の視点から見て、判った。そっけないし、冷たい口ぶりなんだけど、でもなんか、大石に対する態度と、他のヤツ(たとえば俺とか)に対する態度が、違うのが判るんだ。どこがどう違うのかはちょっと説明できねーけど。
 大石は地味だってのは間違いない。けど、大石はぜんぜんフツーじゃなくて、すげえヤツで、手塚はそう言うトコはじめっから見抜けてたんだなあ、すげえヤツってそーゆートコもすげえんだなあって、俺、ちょっと手塚の事尊敬しちゃったよ。
 昨日の晩から、今の今までなんて、短い時間だったけどな。
「俺はシングルスと決まっているし、大石くんはダブルスを希望していると前から聞いている。つまり今日から俺と君の練習内容は大きく異なるんだ」
「そうだね」
「一緒に行動するのは、非効率的すぎると思わないか」
 大石はでっかい目を大きく開いたまんまで、手塚の切れ長の目を真っ直ぐに見上げた。
 手塚は大石の視線から逃げるように背中を向けて、立ち去っていく。
 ……なんだ、今の。
「なんだ今の!」
 何が起こったかよく判んなくて、足音が聞こえなくなるくらいまで手塚の背中見送っちまったけど!
 なんだよあの言い方! すっげむかつく!
 ちょっといいヤツだって思って、尊敬して、損した!
「うん、びっくりしたね」
 びっくりって!
 俺はお前ののんびりっぷりにびっくりだよ!
 ヒコーリツテキなんてちょっとカッコつけて言いやがって! テニスが上手くて頭がいいからってあいつ調子に乗ってんじゃねえの!?
「驚いてないで、怒れよ!」
「え、なんで?」
「なんでって、『お前なんか邪魔だ』って言われたようなもんじゃんか!」
 大石はもう一回、目を大きく開いて、俺の目を真っ直ぐに見下ろした。
 そんでぽかん、って開いてた口を閉じたかと思うと、小さく吹き出して……笑いはじめたんだ。
「あはは! 確かに!」
 なんで笑うんだよ! 笑うところじゃねーって! 怒るとか、ショック受けるとこだって、ここは!
 って言いたくて、でも上手く言えなくて、俺がわきわきと怪しい動きしてると、ぽん、って、大石の頭にでっかい手が置かれた。
「おや珍しい。君の隣に手塚君が居ないなんて。どうかしたんですか?」
「あ、大和部長」
 俺たちのよりもずっと長く伸びる影は、大和部長のだった。
 肩にレギュラージャージ引っ掛けて歩くの、落としそうだし邪魔じゃねーのかなー? とか、どうでもいいことを質問しそうになって、今はそれどころじゃねえやって、俺は大和部長に向き直る。
 大和部長はなんか、大石の事も手塚の事も気に入ってるみたいだったし。あいつがどんだけ酷いか、聞かせてやんなきゃな!
「聞いてくださいよ大和部長! 手塚のヤツ!」
「どうも僕に気を使ってくれてるみたいなんです」
「なんですよ! 人間としてサイテーですよね!」
 大和部長は軽く首を傾げて、
「判りませんねえ。それのどこが最低なんですか?」
 ってのんびりした口調で俺と大石を見比べる。
 ……あれ?
「どこが!? あれのどこが気ぃ使ってんの!?」
 どう聞いたって大石を邪魔者扱いしてたじゃんか、あれ!
 意味わかんねー!
 俺が慌てて振り返ると、大石は優しく笑ってて、いやもう、手塚っつうより大石がよく判んねー!
「どこがって……せっかくダブルスの相棒が見つかったんだから仲良くやりなよって」
「そんな事ひとっことも言ってねーよあいつ!」
「うん、直接は言ってなかったけど、そう言う事でしょ?」
 そう言って大石がにっこり笑って、「なるほど」って大和部長が納得したカンジで頷くから、なんかよく判んねーけど、
「……そう言う事か」
 って、俺も納得するしかなかった。
 ……そう言う事かあ?
 ホントにそうなんだとしたら、すっげー遠回しすぎねーか? 遠回しっつうか、素直じゃないってか。
 単に不器用、なのかもしんねーけど。
「今日から数日はシングルスとダブルスで別れて練習すると言ってありましたからねえ」
「はい」
「でも、柔軟体操にはシングルスやダブルスでの違いなんてありませんよ」
 大和部長がのんびり口調でそう言うと、大石は笑顔で頷いてから俺に振り返って、
「ごめん、き……英二。後でね!」
 俺に手を振って、コートの端にひとりで立ってる手塚に向かって走り出した。
 ったく。
 厄介なヤツだよなあ。手塚って。


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テニスの王子様
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