「あれ? そこ、どうしたの?」 剣太郎は期待に輝かせた目で俺の右肘を凝視しながら、同じ場所を指差した。 「ああ、これ? ちょっと転んじゃってね」 俺は自分の右肘を左手で抑えて、剣太郎の視線を遮る。 てのひらに伝わってくるのはひからびた感じの、何て言うか、ざらついた感触だった。 原因はもちろん判ってる。四日くらい前に、躓いた樹っちゃんに巻き込まれて転んだバネに更に巻き込まれて、転んでしまった時にできた傷が、見事なかさぶたになってしまったせいだ。 剣太郎に見つかりたくないから、夏も近付くこの時期、暑いのを我慢してジャージ着込んで部活をしていたんだけどね。ちょっと日にちが過ぎたせいで、油断してしまったな。 「すごいねー。立派なカサブタだったね!」 「そうかな? 俺なんてかわいいもんだよ」 俺は剣太郎に笑顔で答えながら、くるりと振り返る。 そう、俺なんてかわいいもんなんだ。肘にできたかさぶたなんて、直系にして二センチに満たない(もちろん、きれいな円形なわけではないのだけど)。 俺よりも更に派手に転んだ樹っちゃんやバネなんてすごいもんだ。樹っちゃんの膝にできたものは、冗談みたいな大きさの典型的なかさぶただし、バネは左腕の広範囲を擦ったから、ちょっと薄いけど面積的には俺たちの中で最高のものができあがっている。 俺が振り返った先で着替えていたバネの左腕を視界におさめたらしい剣太郎は、目の輝きをいっそう強くした。 「うわあ、すごいねえ!」 「だろ?」 剣太郎は大股で一歩、バネに近付く。 突然剣太郎が近付いてきた事で、シャツを着る手をいったん止めたバネは、剣太郎の視線が自分の左腕に注がれている事に気付き、慌てて一歩さがった。 そうだよな。油断していたのは俺だけじゃないよな。樹っちゃんだって向こうで、無防備に着替えてるし。 「いいなあ、バネさん。カサブタできてるね〜」 「何がいいんだよ。こんだけでかい擦り傷つくったんだぞ。痛かったっつうの」 「そうだけどさ〜。でもさ〜、カサブタできない擦り傷作るなら、カサブタのできる擦り傷作った方が楽しいじゃん!」 「……嫌な二択だな、それ」 そうだよな。どうせなら、擦り傷を作らない方がいいよな。 剣太郎はうきうきとバネのかさぶたを眺めつつ、とうとう意を決したのか、上目使いでバネの目を見た。 「剥がしたら、楽しそうだよね!」 なんて事をおねだり視線で言われたからって、「いいぞ、剥がせよ!」って返す奴は、さすがに居ないぞ剣太郎。 バネはもう一歩下がる。右手で左腕を抑えてはいるけれど、バネの傷は本当に大きかったから、手で隠してもまだはみでてしまっている。 それが剣太郎野望を更に燃え上がらせている事に、気付いているのかいないのか。 「剥がしたきゃ、自分の剥がせ!」 「え〜。だってボク、カサブタないもん」 「じゃあ作れ!」 「やだよ、痛いし」 ははは。剣太郎は本当にわがままだなあ。 剣太郎の注意を反らして無事に着替えを終えた俺がのんきに笑っていると、バネはそんな俺に気付いてしまったらしい。いつもより眉をつり上げて、怒鳴りつけてきた。 「サエ! てめえ! 俺を生贄にしやがったな!」 あれ? ひどい事言うなあ。 ちょっと剣太郎の注意を引いてもらっただけなのに、人聞きの悪い。 「だって、樹っちゃんのかさぶたが剥がされたら可哀想だろう?」 言ってから俺が長いため息を吐くと、 「お前が剥がされろ!」 バネは更に怒ったみたいだった。 さっきからずっと怒鳴ってばっかりじゃないか。そんなにイライラしてるなんて、カルシウムが足りてないんじゃないかね? |