炬燵

「やっぱ正月はコタツでみかんだよな〜」
 俺がバネさんちに来たのが三十分くらい前。
 そのまますぐに、バネさんの部屋に通されて、それからの三十分の間に、その台詞三回くらい聞いた。
「俺はコタツでアイスってのもおつだと思うけどね」
 そのたびに、サエさんは適当に返してる。さっきはなんだっけ?
「さっきはリンゴも良いとか言ってたのね」
 あ、そうそう、リンゴだ。それで、その前は雑煮って言ってた。結局なんでもいいのか、サエさんは。
「まあまあ細かい事は気にせずに」
 バネさんの「コタツにみかん」発言に絶対うなずかないくせに、四個めのみかんの皮をむいてる。みかんでもいいんだな。
 その間に、バネさんは六個めのみかんを食べ終えて、七個目に手をのばしていた。樹っちゃんが「食べすぎなのね」ってときどきツッコんでこれ。ほっといたら、とっくに二桁に突入してる。
「なあ、ダビ」
「うぃ?」
「お前、コタツ出る気ねえ?」
 バネさんは、そんなひどいこといきなり言い出して、ぐっと足を伸ばす。そうすると、正面に座ってた俺の足を、思いきり蹴りとばす事になる。俺、あぐらかいてたのに。
「っ!」
 不意打ちだったから、けっこう痛かった。
「リビングのならともかく、俺の部屋のコタツ、せまいだろ」
 そりゃ、そうだけど。
 正方形のコタツに、俺たち四人が入っちゃうともうぎっちぎちで、足なんか伸ばせないけど。
「だからって、なんで俺?」
「部屋の主の俺を抜かすと、お前が一番図体でかいからな」
「ダビデは後輩なのね」
「犬は喜んで庭を駆けめぐらないとな!」
 バネさんと樹っちゃんの意見はしょうがない気がするけど、サエさんのはひどい気がする。気のせいじゃないか?
「まあそれは冗談としても、ふとんにもぐってりゃ温かいだろ?」
 そんな事平気で言うサエさんに、言い返してもどうせ負けるし、まあいい。
 俺はコタツを這い出して、引きっぱなしのバネさんのふとんの中にもぐりこんだ。
 ふとんは冷えていて寒かったけど、しばらくこうしてれば温かくなる。
「ほんと、でっかくなったよな、お前」
 三人はコタツの中から、ふとんにねっころがる俺を見下ろす。
 でっかくなった。俺だけじゃなくて、みんなも。
 昔は、みんなちっちゃかったから、きつくなくて、みんなでそのコタツに入ってた。
 でも今は、それが難しくなってる。みんなでっかくなったから。みんなでコタツに入れない。
 みんなで。
 一緒にいられなくなっていく。
「何て顔してるんだ、ダビデ」
 ぺちり、とサエさんが手の裏で俺の頭を叩く。
 言われて、叩かれて、俺たぶん変な顔してたんだろうなって思った。たぶん、寂しい顔。
 俺はなんだか恥ずかしくなって、かけぶとんを頭っからかぶる。
 けどすぐにふとんに手がかかって、俺の顔が出るくらいまでめくられた。そこにはサエさんがいた。
「ったく、そんな拗ねんなよ。コタツ出てけなんて冗談に決まってんだろ」
 バネさんが言った。またみかん食べてた。
「……入っていい?」
「おう」
「狭いなら俺が出てやるからさ。ほら」
 サエさんがコタツを出て立ち上がってる。
 なんだ。
 なんだ、まだ、大丈夫だ。
 ばかみたいに、ものすごくほっとする。ふとんをのろのろと這い出して、俺はサエさんが座ってたところに座る。
 すごく、あったかい。
 それ以上に、嬉しい。
 ちょっと感動しそうになった。けど、
「俺実は昨日ほとんど寝てなくてさ。ちょっと寝るよ。おやすみ!」
 俺の代わりにふとんにもぐったサエさんが、ぬくぬくあったかそうに、幸せそうに目を閉じるのを見て、その気持ちはさめた。


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テニスの王子様
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