幼馴染の憂鬱

 春夏秋冬移り変わる気候は日本の良い特色のひとつだと思うから、うだるような暑さを否定する気はない。熱帯夜なんて気にならないくらいに僕らは疲れ果てていて、全員が全員、良く眠っていたし。だから目覚めも悪くない。
 そんな中で、
「おはよう」
「ああ、おはよう!」
 そんな馬鹿な事があるはずないと判っていても、朝からやたらに爽やかな、青学・六角両校の副部長を見ていると、夏の暑さは不平等に訪れているんじゃなかろうかと疑ってしまう。
「今日もいい天気だな」
「そうだね。練習びより、テニスびよりだ」
 僕の個人的な意見を言わせてもらえれば、もう少し陽射しが弱くて、もう少し気温が低い方がテニスびよりなんだけどね。
「朝から元気だね、ふたりとも」
 僕は朝に弱いつもりはなかったけれど、ふたりを見ていてそんな気がしてしまったから、特に意味もなくつい口にしてしまう。
 すると、
『そうかな?』
 ふたりはほぼ同時に同じ言葉を口にして、首をかしげた。
「そうだよ」
「そうか……」
「バネやダビデなんか朝っぱらから暴れてるから、むしろ朝に弱いつもりだったよ、俺」
 ふと、佐伯が視線を遠くに投げる。
 僕や大石が後を追うようにそっちを見たちょうどその時、噂の黒羽がまだ髪をセットしていない天根の頭に強烈な蹴りを食らわせていた。
 確かに……あれとくらべると、元気がない、かな?
「そう言えば、ちょっと気になってたんだけど、聞いてもいいかな?」
 大石はしばらく天根に労わるような視線を投げかけてから、佐伯に振り返った。
「何だい?」
「大した事じゃないんだけどさ。六角のみんなは小さい頃から一緒だっただけあってすごく仲がいいだろ? それで、あだ名とかで呼び合ったりしてるけど」
「うん。変かな?」
「いや、まったく。むしろいい事だと思うよ。ただそのあだ名の付け方がさ、どちらかと言うと名字よりなのがなんでだろうと思って。何かこだわりでもあるのかな?」
 佐伯は一瞬だけまっすぐ大石の目を見てから、目を反らすように顔を伏せて、腕を組む。
 確かに変ではないけれど、小さいころってどちらかと言うと名字より名前優先なところあるよね。だいたいいつごろからそれが逆転するのかは判らないけれど、僕らくらいの年代になると、自然に名字を呼んでる気がする。例外はもちろんあるけど。
「うーん、こだわりかあ。多分そんな事考えずにゴロが良さそうなの適当につけてるんだと思うけど……あるって言えばあるのかな。特に俺の学年だと」
 大石の問いかけ自体が微妙と言えば微妙だから、解答が微妙なのは仕方がない事なのかもしれないけれど。
 なんとなく、煮えきらないのはらしくない、と思ってしまうのは僕だけじゃないだろう。佐伯らしくないと言うよりは、六角らしくないと言うべきなのかな。勝手にイメージを植えつけられたら六角も迷惑だろうけど。
「たとえばさ」
 佐伯がちらりと横を見た。
 未だ頭をさすっている天根を、引きずるようにこちらに向かってくる黒羽をじっと見つめる。
「よう、おはよう!」
 僕らの存在に気付いた黒羽は、天根を掴んでいない方の手を上げて、元気に挨拶してくれた。
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう、ハルカゼ!」
 一秒とかからなかったんじゃないかな。
 佐伯が爽やかな笑顔でそう言って、黒羽が天根を投げ捨てて、佐伯に掴みかかるまで。
 地面に転がってしまった天根は、恨みがましい目で黒羽を見上げている。
「朝っぱらから雄々しい名前に似合わないしみったれた嫌がらせかましてくれるよなあコジロウ!」
「朝っぱらからこんな乱暴な事したら優しくてステキな名前が泣くじゃないかハルカゼ!」
 本気で険悪と言うわけではもちろんないんだけれど、お互い笑顔で、でも、ちくちくとトゲがあるやり取りに、大石の笑顔がひきつる。
 とりあえず佐伯の言わんとした事は、それだけで充分すぎるくらい理解できたんだろう。大石は二人を宥めようとして、かける言葉が見つからないのか戸惑っている。
「ほっとけばいいよ、大石」
「しかし」
「どうせ本気で喧嘩しているわけじゃないんだろうし」
 だいたい、秀一郎なんて見た目的にも中身的にもまんまな名前を持った大石が割って入ったところで、ややこしくなるだけな気もするしね。
 って事を大石も理解しているんだろう。佐伯と黒羽のやりとりをそのままにして、地面に転がった天根に手を差し伸べてやっていた。


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テニスの王子様
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