ほんの少しの冒険

「海堂センパイって、いつも似たようなバンダナしてるよね?」
 ゴールデンウィークが近付いた春の日に、朋香は俺の隣を歩きながら、俺を見上げる。見ているのは俺の顔ではなく、俺の頭……のバンダナだ。
「毎日変えてっぞ」
 いつも同じで汚いとか言い出しそうな顔をしていたから、先手を打ってそう返す。きちんと洗濯したもん使ってるんだ(洗濯してるのは俺じゃねえが)。その点で文句つけられたら腹が立つ。
「それは判ってるよ。海堂センパイ、バンダナいっぱい持ってるもん。でも私が言いたいのはー、いっぱいもってる割に、色とかデザインとかがワンパターンなんじゃない? ってコト!」
 それが、何か、悪いのか、と。
 言ったらうるさそうだから、とりあえずまだ言わねえ。
 ときどき似たようなものはあるが、まったく同じバンダナ持っていない。だからそれでいいじゃねえか。
「うかつにヘンなもんに手を出すよりはいいだろ」
「そうかもしれないけどー。でもさ、服だって着回しがきくものって便利だけど、それだけだとつまんないでしょ? 地味って言うか」
 例えられて説明されると、イメージが沸きやすい。朋香の言っている事も一理あると思った。
「……まあな」
「それと同じ。使いやすい柄や色のをいっぱい持ってるのはいいけど、それだけじゃつまんない。バンダナみたいな小物は、一番遊びやすいんだしさ! 海堂センパイにはほんの少しの遊び心と言うか……冒険心必要だよ! 絶対!」
 胸の前で両手の拳を握り締め、朋香は力説する。
 語る事に力が入りすぎて周りが目に入っていない。すれ違うヤツにぶつかりそうになったので、腕を掴んで軽く引いてやった。
「だから今日は、私がバンダナ選んであげる!」
 正直な話、ありがたいと言う気持ちと、余計なお世話だ、と言う気持ちが俺の中でせめぎあっていた。
 が、
「もうすぐ海堂センパイ誕生日だし、私からのプレゼントね!」
 そう言って照れくさそうに笑われちまったら、拒否する事もできねえだろうが。

 拒否、しておけばよかったと。
 そんな後悔は今更なんだろう。
 朋香は腕を組んでへの字口にして、色とりどりのバンダナを睨みつける。見下しているようにも見えるんだが、まあそれはどうでもいい。
 とんでもねえデザインのモノにされちまったらどうしようと心配していたのは事実だ。だから、意外にまっとうなものを選んでくれた事にほっとした。
 あとの問題は、色だ。
「ピンク、かわいー!」
 真っ先に一番ありえねえ色を手に取ってはしゃぐ朋香。
 いや、俺に使わせようとしてるわけじゃねえみたいだから、いいけどな。単純に自分の好みだって、それだけだろ。
「これなら、緑がいいんじゃねえか」
 俺が手を伸ばすと、即座に朋香の手が俺の手を叩く。
「ダーメ! 青とか緑とかいっぱいもってるでしょ! あと、オレンジとか赤とかもけっこう見かけるし。黒とか茶色とかグレーとかって何気に見かけないけど、余計につまらなくなるだけだし」
 目の前に並んでいるバンダナは、全十色。そのうち七色を、こいつはあっさり切り捨てやがった。しかもマトモな方から。
 俺は残り三色に視線を送る。
 ……ありえねえ、ありえねえが。
 せめて白にしてくれ……!
「白、かあ。あんまり見かけないよね」
 よし! その調子だ。この際、そこまでは妥協してやる。
「でもあんまりイメージじゃないし。試合中つけるから汚れとか目立たない方がいいよね」
「いや、そんな事気にしなくていい……」
「センパイは気にしないかもしれないけど、お母さんが大変でしょ! うちも弟ズがよく汚すから、大変なんだよね。って事は白は却下」
 ……まじめに考えろよ……残りの二色……判ってんのか? ピンクと紫だぞ!
 その二色の間で視線を行き来させている様子から見るに、残りの二色が何色だか、しっかり判ってるようだが……本気かよ。
「やっぱりここは派手にイメージチェンジして、ピンクとか、ど? これが一番カワイイと思ってたんだよね最初っから!」
 しかもよりによって一番ありえねえ色選ぶんじゃねえ!
「嫌だ」
「なんでー、カワイイじゃないのピンクー」
「可愛いから嫌なんだろうが」
「海堂センパイがカワイイのつけたら、相手選手きっとびっくりするよ?」
「なんでそんな事して勝たなきゃなんねーんだ!」
 咄嗟に怒鳴りつける。
 さすがにもう慣れたのか、このくらいで怯えたり泣き出したりはしねえ。が、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。
 だが、俺だってもう慣れてんだ。そのくらいで怯んだりしねえぞ。
「……ともかく、ピンクは駄目だ」
「つまんなーい」
「……紫も、はじめての色だしよ」
 薄い色や赤に近いのはどうかと思うが、まあ、この濃いめの紫なら、いいんじゃねえかと思いはじめてきた。
 ピンクと比較してるからだろうか。感覚、鈍ってきたのか? 俺。
「紫もワイルド系だからあんまり印象変わらないと思うんだけどなあ。ま、今までに無い色なのは確かだから、いっか」
 どうやら納得してくれたらしい。朋香は紫のバンダナを手に取って、レジに向かう。
 ほっとした俺は、長いため息をひとつ吐き出した。
 確か……冒険心がほんの少し必要だ、とか、言ってたよな、あいつ。
 ほんの少しじゃあ、ちっとも足りそうにねえよ。


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テニスの王子様
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