奪っちゃった

 振り返った南は、口の形が「ひ」のまんまで止まってる。
 名前を呼ぼうとして、居ない事を思い出したんだろうね。コートの中どんだけ見回しても、あのおっきいの(でも地味)は見当たらないし。
 南は手に持ってたラケットでぽんぽん、って自分の肩叩いて、ちょっぴり寂しそうにため息吐いた。
「ワリ。ダブルスの試合、できねえや。東方今日委員会で遅れるんだった」
 なんて、新渡米と喜多に謝って。
 あ、そう言えばそんな事言ってたっけね。東方は東方らしい地味な委員会に入ってるからね。なんだったっけ? なんでもいいけど。
 ふふん。困った時には、助けを呼べばいいんだよ、南クン!
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」
「誰も呼んでねえ」
 べち。
 ひどい、南。
 ためらいもなく裏拳でおでこぶん殴ったよ! ひどいよ!
「なんだよー、練習がスケジュール通りに行かなくて困ってる部長サンを助けてあげようって、優しい優しいエースが言ってるのに!」
「お前じゃ助けにならないからな」
「ひどいな南! 俺だってダブルスくらいできるって!」
 俺がムキになってそう反論すると、南がなんかすごい冷たい目で、俺を見下ろすんだよね。
 ダブルスくらい、なんて言っちゃったからかな? 別にダブルスを馬鹿にして言ったわけじゃないって!
「本当だろうな?」
「そりゃできるよ。南だって青学のゴールデンペア、知ってるだろ?」
「まあな」
「菊丸くんにダブルスができるんだから、俺にできないわけないって! ほら、南、コートに入った入った!」
 新渡米と喜多くんはもうコートん中入ってるし。あとは俺たちがやる気になれば万事オッケーじゃないか。
 どうせサーブ権は俺が取るから、
「ほい、じゃ、南、サーブよろしく〜」
 俺は南にほいっ、とボールを投げた。新渡米たちも、納得してくれてるみたいだね。怒らないし。
「……俺に大石役やれってか」
「できるよ。何か似てるじゃん、地味なトコとか。んじゃサポートよろしく〜」
 眉間に皺が寄ってたり、口の端とかひくついてるみたいだったけど、練習しないわけにもいかないし、まあ、何事も経験だって割りきったのかもね。
 南は肩を落としつつ、自分のポジションについた。

「4−1」
 審判役の一年生がカウントをコールする。
 四ゲームとってるのは、もちろん新渡米たちの方。
 うん、絶不調!
「南、ドンマイ! まだ逆転のチャンスあるよ!」
「お前に言われたくないっつの!」
 南、不機嫌だなあ。そりゃ、得意分野でこんなに見事な負け方するのは辛いだろうけどさ。カリカリすると、余計に酷い試合になっちゃうよ。
「へえ。ずいぶん壮絶な試合みたいだなあ」
「判ってくれるか東方。俺はもう二度と千石とペアなんか組まないって決めたよ」
「ひどい事言うなあ。息が合わないのは俺のせいだけじゃないじゃん。お互いさまだよ。ねえ、東方。そう思うだろ?」
「……って東方?」
「え、東方?」
 俺と南は、のほほん声がした方に振り返る。
 でかい図体なのに何でか迫力のない東方が、コートの外から手を振ってる。ちゃんとウェアに着替え済み。
「いつ来たんだよ!」
「さっきだけど。おもしろそうな試合してるなあと思って、見学しようかと」
 のんびりした口調でそんな事言っちゃう東方に、南が癒されてるのは間違いない。だって、眉間の皺消えてるもん。
 ちぇー、なんだよ。親切にお手伝いしてあげてるエースにはぷりぷり怒ってばっかりだったくせに。
 なんか悔しいから、俺は南に近寄って、肩に手をかけた。
「残念だったね東方! 南の相方ってポジション、俺が奪っちゃったよ。もう東方の出番は……」
「お前うるさい」
 べち。
 ひどい、南。
 裏拳同じところを殴った。せめて別の場所狙ってよ!
「ほら東方、そんなとこ立ってないでコートに入れよ。ここから逆転するぞ!」
 しかも俺の事完全無視してるし!
「ずいぶんゲーム差開いちゃってるなあ。まあ、頑張るか」
「ああ」
 南は笑顔で東方と語り合いつつ、両腕で俺の背中を押して、俺をコートの外に追い出した。
 ひどい! こんなのひどすぎる!
 覚えてろよ、南! いつか絶対し返ししてやるからな!


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テニスの王子様
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