「言葉って不思議だと思わないかい?」 珍しく強い春風に流されていく雲たちを、穏やかな瞳で見つめながら、不二は言った。今日の部活が終わり、自分のラケットを手に部室へと戻ろうとした時だ。 「また突然、どうしたんだ」 「いや、さっき大石と英二の試合を見ていて思ったんだよ。同じ言葉でも、言う人によって印象ってずいぶん変わるなあ、って」 不二は他のメンバーに比べれば、観察眼に優れていると言っていいだろう。しかも、俺とは着眼点がずいぶん違う。 何かしら参考になるかもしれない。そう思った俺はノートを開いた。 「さっき大石が珍しくイージーミスをしてボールを引っかけた時、『大丈夫?』って聞く英二に大石は言ったよね。『問題ないよ』って」 「言った気がする」 「なんだかほっとするよね、大石が言うと」 「ああ、確かに!」 菊丸が力強く肯定すると、「そ、そうかな?」と言いながら、大石は照れくさそうに笑った。褒められると照れる、素直なやつだ。しかしそんなデータは今更なので、書き記す事はしない。 「じゃあ、同じ台詞を英二が言ってみたらどうだろう」 「俺?」 大きな目をより大きく見開いて、菊丸は自分を指差す。一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに満面の笑みを浮かべ、 「問題ないって!」 意味不明なポーズを決めて、叫ぶように言った。 「何か、理由は判らないけれど、どことなく不安だろう?」 「確かにそうだな」 「こらー! 不二も乾も、なんなんだよー!」 菊丸は拳を振り上げて訴えかけてくるが、仕方ないだろう。これは事実だ。 大石だって「こらこら英二」と菊丸を宥めてはいるが、心の片隅では同じ事を思っているだろうな。そうでなければ真っ直ぐな瞳で「それは違うぞ」と俺たちに訴えてくるに違いない。 菊丸は妙なポーズをつけたりするからそうなるんだと自覚した方がいいだろう。真剣な目で試合中に同じ台詞を言えば、頼もしいと思えない事もないだ。 「タカさんだったらどうかな」 「うーん、大石と同じようにほっとするような、何か無理をしてそうで心配になるような」 「我慢強いからね、タカさんは。あと、手塚もそうだよな」 『……』 河村に対する意見である前半部分は同意するが、手塚に対する意見である後半部分は素直に賛同しかねる。確かに我慢強そうではあるが……心配にはならないと言うか……いや、大石がそう言うのなら、そうなのだろう。 俺はノートをめくって手塚のページを開き、一応、大石の意見をメモ書きしておいた。 「じゃあ、僕はどうかな」 「不二」 「問題ないよ」 いつも通り、穏やかに微笑みながら言う不二。 一見普通の不二の言葉に、菊丸難しそうに眉間に皺を寄せ、ぐっと唇を引き締める。 「不二の事は心配じゃないけど、さ」 「うん?」 「言われたこっちが心配」 ああ、そうだ。いいところを突いたな、菊丸。 「……どう言う意味なのかな、それは」 不二の笑顔は変わらなかったが、まとう空気が不穏になった。動物的感覚でそれを察した菊丸は、大石の背の後ろに逃げる。 無言の戦い(不二の一方的な攻撃とも言えるが)がそこで繰り広げられそうになったが、間に入っていたのが大石だったのが幸いだったな。徐々に空気は柔らかくなり、菊丸はなんとか大石の背の向こうから姿を現せるようになった。 「問題ないぞ」 三人のふいを突くように、ぼそりと呟いてみる。 三人は俺の言葉に反応して、一斉に俺に視線を集めた。 微妙な表情だ。まったく同じ言葉を発したつもりだが、三人はどう感じたのかな? 俺に対してどう言うイメージを抱いているか計れそうだが。 「俺はどうだった? 他のメンバーとやはり違ったかな?」 たずねてみると、三人はまばらに、戸惑うように頷く。 「何て言うかな……不安をかきたてられると言うか……?」 適切な言葉が浮かばない、と言った様子で、菊丸が言う。隣の大石は腕を組んで目を伏せながら、菊丸の代わりに適切な言葉を探しているようだ。 「何て言うんだろうな、この気持ち……ええと」 「ああ、そうか、判った!」 同じように考えこんでいた不二は、何か閃いたのか、少し音を立てて手のひらを合わせる。 三人分の視線が今度は、不二に集まった。 「不味そう、じゃない?」 「ああ、そうか、それだ」 「すげー、不二、さっすが天才!」 大石と菊丸のふたりから、小さな拍手が不二に注がれ、不二は余裕の微笑みを浮かべる。 なるほど、それは、つまり。 俺には汁のイメージしかないって事だな? |