8:15発 快速

 昔遠足の前の日とかって、楽しみすぎて眠れなかったりしたけど、ちょうどそれと同じカンジ。
 駅に七時半集合って言われてて、それじゃあ七時起きでもなんとか間に合うかななんて思って七時よりちょっと早めに目覚し時計かけたけど、六時には目、覚めちゃったしね。
 のんびりテレビ見てごはんいっぱい食べて、それでも集合場所に到着したのはボクが一番最初。えっへん。やっぱりボクって部長にふさわしいよなあ。
 でも、たいくつだなあ。
 待ち合わせ時間まで二十分もあるし、とりあえず切符買ってみたけど、それじゃぜんぜん時間つぶれないしね。
 普段だったら会社に行く人とか学校に行く人とかでけっこう人が居るんだろうけど、日曜日だからかぜんぜん人の姿がなくって、ボクが調子に乗って歌ってると、背後から頭をこつん、って叩かれる。
「早いな、剣太郎」
「あ、サエさん!」
「早いのはいいけど、道の真ん中で俺と同じカッコで音はずしながら歌わないで欲しいな。恥ずかしいから」
 サエさんは朝っぱらから爽やかに笑ってたけど、何気にひどい事言うよね。
 ボクだって人が聞いてるって知ってたらもっとちゃんと歌うよ。
「嬉しそうだね」
 ボクがちょっと怒ってるのに気付いているのかいないのか、サエさんは言った。気付いてて話ごまかそうとしてるのかな?
「そりゃそうだよ! ボク他の中学校の人と試合するの、今日がはじめてだもん。本番じゃなくて練習試合でも嬉しいよ! いっつもバネさんたちとしか打ってないから、飽きちゃったよ!」
「お前朝から爽やかにひどい事言うよな」
 え? そう? それはサエさんだよね? ボクじゃないよね?
 まあそんな感じで昨日見たテレビの話とか、今日の対戦相手の話とかしてる内に、ちらほらとみんなが集まりはじめた。
 で、待ち合わせ時間、ちょうど。
「あれ? ダビデのやつ、どうしたぁ?」
 眠そうに大口開けてあくびしながら、バネさんが言う。
 あ、ほんとだ、居ないや。
「寝坊してんのか?」
「えー、こんな大事な日に!?」
「あるいは髪のセットに手間取ってるか、どっちかじゃないかな」
 まったく、ダビデってばレギュラーとしての自覚あるのかなあ。困るよまったく。
 遅刻の理由がもし髪のセットの方だったら、今度から手間取らないようにボウズにしてやんないとね!
「んじゃ、剣太郎、行ってこい」
「え!? なんでボク!?」
「部長だろ。部員の不始末の責任を取らないと」
 う〜〜〜〜〜。
 なんかさあ、ボク、前から思ってたんだけど、ボクを部長にしたのって、めんどくさい事押しつけるためじゃないの? だって実際、仕切ってるの、ほとんどサエさんかバネさんじゃん!
「俺たちは予定通りの電車乗って行くから。お前たちは次の――えっと」
 サエさんが目を細めて、遠くにある時刻表を見た。
 ボクも目は良い方だけど、こっからは見えないなあ。諦めてちょっと近付いた方がいいんじゃない?
「うん、八時十五分発の快速があるね。それまでに乗れば間に合うよ」
「間に合わなかったらどうするのさ」
「試合ナシ」
「絶対やだよ! そんなの!」
「じゃあ急ぎなよ。ダビデの家なら往復十五分もかからないさ。ちゃんと連れてこいよ。今日はダビデ、ダブルス2だから」
 あー、もう、仕方ないなあ!
 ボクは全速力で、ダビデんちに向けて走り出した。

 それが良かったのか悪かったのかは判らないけど、ダビデの遅刻の理由は単なる寝坊で、どうやらダビデをボウズ頭にする事は無いみたい。
 なんでボク、なんとか着替えはしてたけど、頭セットするどころか多分クシも通ってないぐちゃぐちゃ頭で寝ぼけた顔のダビデとふたりで全力疾走しなきゃいけないんだろ。
 くそう、サエさんめ。あれ、違うかな? 悪いのサエさんじゃないかな? ダビデ? うん、ダビデだダビデ! あとで絶対なんかおごってもらおう!
「あと何分?」
 駅の構内に入ったところで、ダビデが時計を探しながら言う。
「一分だよ!」
 ボクはさっき買った切符をポケットから取り出して――ダビデは、ポケットから小銭を取り出して。
 ああ! そうか! ダビデ、切符買ってないんだ!
 電車がホームに入ってくる音が、ダビデが切符売る自動販売機の前に立つと同時に止まった。ぷしゅーって、ドアが開く音。ああ、アレがしまっちゃったら、間に合わない!
 どうしよう。なんて、考えてるヒマもなかった。
「ごめん、ダビデ!」
 ボクは振り返らずにダビデに謝って、改札口を通って、エスカレーターを駆け上る。ドアが閉まりますって言ってるけど、ボクが行くまで閉まらないで! って祈りながら、ボクはホームに到着して、閉まりかけたドアに飛びこんだ。
 ギリギリセーフ、だ。
 ドアが閉まって、ゆっくりと電車が動き出す。その頃ようやく、ダビデがホームに上がってきた。困った顔してるダビデに手を振って、ボクは開いている席を探して座る。一生懸命はずむ息を整える。
 ごめん、とは言ったけど。
 もともと寝坊するダビデが悪いんだし。だからダビデが試合出れなくなったって、ボクが悪いんじゃないよね。うん。

 降りる駅につくと、そこにサエさんが待っててくれた。荷物とか持ってなかったから、待っててくれたって言うか、迎えに来てくれたのかもしれない。
「サエさん!」
「あれ? ダビデはどうしたんだ?」
「ん、次の電車でくると思うよ。ダビデだけ乗り遅れたんだ!」
「……そうか、じゃあオーダー変えないとな」
 あ、そっか。ダビデってダブルス2だったもんね。もうけっこうギリギリだから、ダブルス2には絶対間に合わない。
「公式試合だったら選手登録しないと出られないけど、練習試合だからそのくらい大目に見てくれるかな。バネと亮にダブルス2に回ってもらって、ダビデがシングルス1。で、剣太郎がシングルス2」
「……え?」
 ゆっくりと走り出すサエさんと並んで走りながら、ボクはようやく気付いた。
 そうだった……ボク……今日ダビデとダブルスだった……!
 ダビデがオーダー変更になると、ボクも変更になるんだ!
「え、ボク、ダブルス2でいいよ!? 相手変えてさ!」
「お前入部してまだ一週間だし、今日に合わせて調整したから、ダブルス練習した事があるのはダビデだけだろ? 一度も組んだ事なくていきなりダブルスはちょっと不安だよ」
「え! じゃあボク、シングルス3がいい!」
 だって。
 みんな強いし、きっとシングルス3までで三勝しちゃうよ。
 そしたらボクの試合、なくなっちゃうよ!
「ははは、それはダメだよ、剣太郎」
「なんで!」
「俺がそんな美味しい試合、譲るわけないだろ? じゃんけんに一番に勝ったの、誰だと思ってるんだ?」
 きらーん!
 なんて、効果音が鳴っちゃいそうなくらい、サエさんは爽やかに微笑んだ。
 そりゃそうかもしれないけど、でもさ、そんなの、そんなの、酷いよ!
「ダブルスは連帯責任だからな、あきらめろ」
 ははは、と爽やかな笑い声を上げながらスピードを上げるサエさんの背中にむけて、ボクは全力で叫んだ。
「サエさんのばかー! 負けちゃえー!」


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テニスの王子様
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