BAD END

 一発の銃声が、雨音にかき消される。
 どさりと重苦しい音を立て、画面の真ん中にひとり立ち尽くしていた主人公は、地面の上に倒れる。彼を中心にみるみる血溜りが広がっていく様子が、雨が手伝っているとは言え彼の出血量のすごさを物語っていた。
 主人公が呻き声を上げながら顔を上げると、さっき主人公が殺したばかりのラスボスの息子が、煙を上げている銃を構えて立っている様子が見える。何かと主人公に協力的だったから怪しいなあと最初は思っていたけれど、終わり近くになってその疑いをすっかり晴らしていた矢先の出来事だったから、少し驚いた。
 油が切れた機械みたいに鈍い動きで、主人公は腕を伸ばす。流れはじめた暗いイメージのエンディングテーマと彼の表情、そして勝ち誇った犯人の笑みが、悲しい終わりの象徴だった。
『エ……』
 ひともじだけ音を発して、彼は力を失った。くたりと横たわり、雨と風の力以外ではぴくりとも動きそうにない。
 やがてエンディング・テロップが流れはじめ――。
「後味、わる!」
 どうせそうだろうとは思っていたけど、誰よりも早くバネが率直な感想を口にした。
「つまらなかった?」
 くすくすと笑いながら亮がみんなの表情を伺いはじめた。
 最初の感想がなくても、顔を見るだけでバネがあの結末に不満を抱いているのは明らかだ。ダビデも難しい顔をしているな。涙もろい樹っちゃんは主人公が可哀想だと泣いていた。聡が複雑な顔をしているのは、この映画がおもしろいかおもしろくないかではなく、おもしろいと言っていいのかいけないのかで迷ってるからだろう。
 ちなみに剣太郎は途中で寝ている。
「なんつーか、あのボスのおっさんぶち殺して終わり、で良かったじゃねえか!」
「それじゃ普通じゃない。くすくす」
「普通でいいっつの!」
 バネの主張にダビデと樹っちゃんが頷いた。
「俺はけっこう楽しんだけど。なあ、聡」
「あ、ああ」
 俺が聡に同意を求めると、仲間を見つけた事に安心したのか、聡は何度も頷いた。
「主人公が最後に誰の名前を呼ぼうとしたのかって考えると、けっこう深いよな」
「くすくす。いいトコ突くね、サエ。それ、公開当初けっこう話題になったんだよ」
 主人公は最後に「エ」しか言えなかったけれど、名前の最初が「エ」である重要人物は三人いた。ラスボスの息子――と言うか真のラスボスと言うべきか――である、最後に主人公を殺した人物。最後まで主人公と共に戦い、命を落とした古い相棒。それから、故郷で待つ優しい妹。
 最後の名前がどれであるかで、物語の意味そのものが変わってしまいそうなところが面白い。
「サエは誰だと思う」
「心理テストみたいでムカつくから答えない」
「お前ホント、そゆとこすごいよな」
 聡ってば、なんでそこでそう言う褒め言葉が出てくるのかな。しかもため息混じりなのがすごく気になるじゃないか。ははは。
「こう言う質問はバネとかにしてみた方がおもしろいさ」
「あー?」
 スッキリしない気分を紛らわせようとしているのか、袋のそこに少し残っていたお菓子を口の中に流しこんでいたバネは、突然自分の名前が出てきた事に驚いてこちらを見る。
「バネなら、誰の名前を呼ぶ?」
「判るか、そんなもん」
 せめて考えようとしてからそう言う答えを返せよ。
「じゃあ、たとえてみようか」
 くすくす、と笑いながら、亮はもう一度全員の顔をじっくりと見回した。
「たとえる?」
「そう。バネが主人公で……そうだな、ボスが青学の手塚で、最後にバネを撃ち殺したボスの息子が、青学の不二」
 なんだそのたとえ。
「なんだそのたとえ」
 あ、聡、率直にツッコんだな。
 みんなを見てみると、みんな「よくぞツッコんだ!」と言う顔をしている。
「一応敵役だから違う学校の人にしておこうと思ってさ。河村や桃城や菊丸よりはイメージ近いだろ。くすくす。それで、そうだな……先に死んじゃった相棒は、サエにでもしとこうか」
「にでもしとこうかって言い方が気に入らないぞ」
「それで、故郷で待ってる妹がダビデ」
「こいつそんなに可愛くねーだろうが!」
 さすがに無理矢理過ぎる最後のたとえに我慢がきかなかったらしい。バネは間髪入れず、ダビデを指差しながら大きな声で亮を怒鳴りつける。
 たぶん自分自身そのたとえはありえないんじゃないかと思っていたんだろうダビデも、
「かわいくない事も、ないんじゃないかと、思うけど」
 と自己保身の言葉を呟きつつ、膝を抱えた。
「んー」
 バネは目を閉じて、腕を組んで、真剣に考えこむ――かと思いきや、その姿勢は十秒ともたなかった。
「誰の名前も、呼ばねえ!」
 いっそ「全員だ!」とか言い出すんじゃなかろうかと思っていたくらいだから、バネがまったく逆の答えを口にした時、かなり驚いたな。
 もちろん俺だけじゃない。ダビも聡も樹っちゃんも、言い出しっぺの亮までもが目を丸くしてる。
「バネさん、薄情。俺が言っているのは、苦情」
 部屋が狭いから蹴り食らわなくてすんでよかったなダビデ。思いっきり肘入ってるけど。
「ちったあ考えてみたけどよ、俺にそんなエンディング、ありえねえし似合わねえ。だから、名前呼ぶ機会、ナシ!」
 そりゃ、そうだろうけどさ。
 質問の根本から徹底的に否定するって、それはどうなんだい、バネ。
「確かに」
「万が一あんな事になっても、腸とか飛び出そうとしてるの抑えながら走りだして相手とっ掴まえそうだしな、バネは」
「……それもそうだね。くすくす」
 みんなも納得しているし、質問を投げかけた本人がそれでいいみたいだから、いいんだろうけどさ。


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テニスの王子様
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