「深司はさ、将来もテニスで考えてるの?」 俺が森ってすげえなあって心底思うのは、深司に話しかけられるとこだと思う。 深司がどんなやつだか俺たちみんな判ってるし、慣れたし、普段だったら何て事ないけど、深司と対戦してボロクソにやられた上にさんざんぼやかれた直後だとさすがにそうはいかない。 悔しい気持ちが強いのは、森だって同じはずなのにな。むしろ、森の方が凹んでるくらいだ。 「今のところ将来まで考えてる余裕、ないけど」 そんな森に対する深司の返事は、いつもどおりそっけない。 相変わらず冷たいヤツだな、と思うけど、実際問題俺も目の前の全国で手一杯だったから、深司の言う事ももっともだなあと少し思う。 「そっか、そうだよね」 少し寂しそうに森が笑う。 深司は悪びれる様子もなくふい、っと森から顔を反らして、青空にいくつか浮かぶ雲をぼんやりと見上げながら、 「……でも、それしかないのかな」 そう小さく呟いた。 「どうせ俺は社会不適合者だしさ、どうあがいてもサラリーマンとか自営業とか普通の仕事できそうにないし、テニス以外に特別やりたい事もないし、適当に才能を生かすにも今のところテニスの才能しか見当たらないしね」 堂々とテニスの才能はあるとか言うなよ。ほんとに遠慮のないヤツだなコイツ。 深司がムカツクって言うより、否定できないこっちがムカツクんだから、やめてほしいぜ。 「テニスで生活できるなら、ありがたいかも……」 小さく呟いて(ぼやきとはちょっと違うっぽい)から深司は、もともとあまりない表情をまったく無くして、口を閉じる。 何か考えついたのかな? 「決めた。俺、プロになろ」 かと思ったら、将来の道を決めた中学生とはとうてい思えない、いつも通りの力のない声で、深司はきっぱりと言いきった。 「え、そ、そんな簡単に決めていいの?」 俺にはそれだけの勇気がなかったから、森がそうツッコんでくれたのはありがたかった。 「なんだよ。自分から言い出しといていざ俺がプロ目指すとか言ったらその反応。せっかくひとが決意したってのに、やる気なくすよなあ……」 ぼやきだす深司に、森が「そ、そんな事無いよ!」とか言いながら、困ったような笑顔を見せる。ちらちらと俺を見るのは、俺に助けを求めてるのかもしれねーけど、どうやって助けろって言うんだか。 「し、深司ならきっと、プロでやっていけると思うけどさ、すごい才能あるし! でも、なんで? なんで突然、将来決めたの?」 森は深司のぼやきを質問を投げかける事で攻略する事にしたらしい。 さっき深司は将来なんか考えている余裕ないとか言い切ったわけだし、それを踏まえればごく当たり前の森の質問に、深司は答える気になったらしくて、ぼやくのをやめた。 おお、森の作戦、大成功じゃん。 「大会で優勝してさ、インタビューとか受けるだろ」 「うん、うん」 この調子で深司はインタビューにちゃんと答えられるんだろうかと心配する俺の思考回路は間違ってないよな、たぶん。 でもいきなり優勝する気マンマンかよ、ってツッコミは、入れないでおいてやる。 「定番の質問のひとつにさ、この気持ちを誰に伝えたいですかって言うの、あるなあと思って」 「うん、あるね」 「……だから」 森は、今度はわかりやすく困った顔で俺を見た。 「ワリ、深司、意味判んね」 恐る恐る俺が訊ねると、深司は俺を見下す。 同じ視線の高さなのに、うわ俺見下されてる、って判る視線だったんだ。 むっかつくー! 「それで、『俺にテニスをさせてくれた橘さんに』、って答えたいなと思って」 何か言ってやろうかと思って(何も考えつかなかったんだけどとりあえず)掴みかかろうとした手が、目的をなくして戸惑う。 「テレビとか新聞とか雑誌とかを通して、橘さんがどれだけすごい人か世界中に伝えようかと、思って」 なんか。 なんつうかそれって、それってよ。 「ずっけえ」 『……は?』 「俺もやる! 俺も、プロ目指して、深司よりも先に、それやる!」 「人のネタ勝手にパクるなよな……だいたい神尾が俺よりも先にできるわけないだろ」 「やってみないと判んねーだろ! 絶対負けねえからな、覚悟しろよ!」 こうなったらのんびり休憩なんてしてらんねえよ。深司より一秒でも長く練習してやる! 俺は横にたてかけといたラケット手にとって、立ち上がって、コートに向かって走り出す。 「ふたりが優勝するより橘さんが優勝する方が早そうな気がするけど」 森がそんなもっともな事言ってた気がするけど、それはさっくり無視する事にした。 |