「そう言えばこの間不二がさ」 「おう」 「小学校の同窓会に行ってきたって言ってたよ」 「は?」 俺がそのひと文字に疑問を込めてサエを見上げると(俺が座っててサエが立ってる)、サエはひょうひょうとした横顔で俺の手の中にある袋から一枚イモを取り出して、口の中に放り込む。ちょうど俺がダビデの鞄からチョコレートを奪い取った瞬間の、鮮やかな手口だった(いや別に分けてやらないわけじゃねえから取ってもいいんだけどよ)。 「小学校の同窓会を今やってどうすんだ? んな事しなくても学校で会えるじゃねえか」 袋を持っていない方の手と歯を使ってチョコをくるむビニールを剥がして口の中に放り込むと、ダビデが恨めしそうな目で俺を睨む。ケチくさいやつだなまったく。 「食うか?」と目で訴えて袋をダビデの方に差し出すと、ダビデは手をツッコんでゴソゴソと音を立てたかと思うと、片手いっぱいにイモを掴んでいる。遠慮のねえやつだ。あとで荷物ん中のチョコ、全部取ってやるから覚悟しろ。 「バネの思考って完全に田舎者だよな」 「……お前も同じトコ住んでんだろうが」 「まあそうだけどさ」 と軽く流す。 流すなよ。全国の田舎者にあやまれ。 「地元の中学じゃなくて私立中学に通う奴が、東京にはものすごく多いんだろ。不二だってそうだし。だから小学校の同級生と中学で毎日顔会わせるとは限らないわけだ」 あーなるほどな。そりゃそうだよな。 俺たちは小学校とか幼稚園とかから一緒で、他に選択肢がなかったみたいにこの中学選んだけど、東京じゃあそうじゃないやつも多いって事か。 中学受験なんて言葉に現実みを感じない俺たちには判んねーけど、それなら、久々に一箇所に集まれて懐かしくて楽しいかもしれねえな。 「ところでさあ、同窓会って一体何するの?」 ポリ、とせんべいをかじる剣太郎の大きな目が、サエを見上げる。 そんな剣太郎にサエはにっこりと優しく微笑みかけた。 「剣太郎」 「何?」 「それ、もしかしなくても俺の秘蔵のウニせんだろ」 「あれ、ばれた?」 あはははは、と剣太郎が笑うと、サエは遠慮なく一発剣太郎を殴りつけて、剣太郎の手からウニせんの袋を奪い返した。 「佐伯くんって王子様みたいよね!」とか言ってる女子たちに、ウニせんで半ギレの今のサエの姿を見せてやりてえ、と思うのはきっと俺だけじゃないはずだ。 いや、でもな。サエは別に女子の前でそう言うところを隠してるわけじゃねえもんな。女子の方が勝手に目を背けてるんだから、意味ねえか。 「で、同窓会ってなんなの結局」 持ち前の身軽なフットワークでサエの腕の中から上手く逃れた剣太郎が、俺の背中に隠れる(俺を盾にすんな)。 「剣太郎、同窓会知らないのか?」 「うん、やった事ないし」 そりゃ俺たちだってやった事ねえけど、なんとなく知ってるよな。 そう言や何で知ったんだろうな。特に必要の無い知識だもんな。誰かに教えてもらったんだろうけどよ、誰に教えてもらったんだか。 「同じクラスだった連中とかが卒業後に集まって、食ったり飲んだりしゃべったり騒いだりする事だよ」 「ふうん」 「同窓会は、どう? 爽快だ。……プッ」 同窓会をお題にさんざっぱら考えこんでいたらしいダビデが突然んな事を言うもんだから、とりあえず俺はダビの後頭部に一発。 つうか別に同窓会って爽快じゃねえだろ……とかってダビのダジャレに真っ当にツッコむのも馬鹿らしいな。やめとくか。 「じゃあさ!」 すくっ、と立ち上がった剣太郎の声は、部室っつう密室の中で発するには無駄にでかすぎた。 「おう」 「ボクらは今、同窓会やってるって事だ!」 『……は?』 目を細めて剣太郎を見ながら、「突然何言い出してんだお前」って意味を込めたひと文字を口にしたのは、俺だけじゃない。ダビデ以外の全員だった。 「だってそうだろ。ボクらみんな同じ小学校卒業してて、お菓子食べてー、ジュースのんでー、しゃべって騒いで」 いや、それは、違うだろう。 とは思いつつ、否定したあと「じゃあ何が違うのさ」とツッコまれると上手く返せそうにねえから、言えねえ。 「……なの、か?」 剣太郎以外の誰かに問いかけてみても、ダビは役に立たねえし、亮はくすくす笑ってるだけだし、サエも聡も俺と同じように首を傾げるだけ。 「そうかもしれないのね」 そう言って剣太郎と向きあって頷きあったりして、樹っちゃんはすっかり剣太郎のペースに乗せられてる。 「樹っちゃん、同窓会って楽しいね!」 「うんうん、楽しいのね」 部活後にだらだらとだべるのなんて、いつもやってる事じゃねえか。 なんて、楽しそうなふたりを見ていたら、そんな当たり前の事をツッコむのもばかばかしくなっちまったよ。 |