お前が言うな

 空には雲ひとつなくて、今日も腹が立つほどに暑い。
 電車を下りて改札を抜けるまでほんの一分くらいなのに、もう額に汗が滲み出て、まったくやんなっちゃうよね。俺はそれを拳で拭いつつ、空を見上げる。
 雨なんか降られたらせっかくの休みに部活に出てきた甲斐がないから、降水確率がゼロだってのは、嬉しい事なんだろうけど、さ。
 ここまで暑いと逆の意味で練習する気、なくなっちゃうよねえ。
「?」
 毎朝毎晩歩いている通学路を、いつもどおりてこてこと進もうと思った俺の優れた動体視力が、視界の隅にちらっと映った人影を逃すわけがない。
 足を止めて振り返ってみれば、やっぱり間違いなかった。普通に目もいいから、遠くても判別つくもんね。
 南だ。
 俺はなんで南が俺とおんなじような時間にここに居るんだろ、もう遅刻ギリギリだよとか思いつつ、さっそく声をかけてみようかなと思ったんだけど、なんか南が知らない人と一緒に居たから、できなかった。
 南と一緒にいたのは、背中はけっこうしゃんとしてるんだけど、それでも南の胸くらいまでしかない、おばあちゃん。
 誰だろ、あの人。
 南のおばあちゃんとか?
 もしや、伴爺の奥さんだったりして。
 でもどっちにしても、こんなところで一緒に居るんだとしたら部活の見学とかに来たんだろうし(伴爺の奥さんならお弁当とどけに来たとかアリかなあ)、だったら一緒に学校に行けばいいわけで、でもふたりが進んでいく方向は、学校とはぜんぜん違う方向だった。
「んー……?」
 なんか考え込んでいるうちに、ふたりは角を曲がってどっかに行っちゃって。
「ま、いっか」
 どうせ学校で会えるしね。
 ってなわけで、俺は方向転換して、学校にてこてこと向かったわけだ。

 練習開始時間になっても、南は学校にこなかった。
 俺が無断遅刻無断欠席するのはいつもの事だけど、南がそゆことするのはまずなかったから、なんだかみんなすごく驚いていたけど、珍しく俺がちゃんと居たわけだからとりあえず俺が代理で掛け声とかかけてウォーミングアップにとりあえず外周。
「南、どうしたんだろうな」
 相方の東方クンはのほほんとした顔なんだけどすごく心配そうな声音で、俺と組んで柔軟体操しながら話かけてくる。あいててて。俺って男の割に体柔らかい方だと思うけどさあ、そんな強く押さないでよ。
「どうって?」
「南が無断遅刻ってありえないだろ。事故とかじゃないよな?」
「それはないよ」
「なんで断言できるんだ? 地味だって、事故があったら周りが気付くぞ」
 いや俺そこまで言ってないってば。東方って地味に地味コンプレックスだよなあ。
「俺、朝、見たもん。南」
「……それを早く言えよ」
「あいててててて!」
 東方、押しすぎ、押しすぎ!
「だって言ってもしょうがないんじゃない? 遠目に見ただけで何してるかわかんなかったし」
「それでもみんな安心するだろ」
「あー……そっか」
 確かになんとなく、みんな落ちついてない感じだもんなあ。
 めずらしく俺が部長代理っぽい事ちゃんとしてるせいかと思ってたけど(それもちょっとはあるかもしれないけど)、南の事心配してるんだ。
 そうだよね〜。南が無断遅刻だなんてありえないもんね。連絡できない状況になっている、って考えちゃってもしょうがない。
「あ」
「あ」
 俺の柔軟が一通り終わって、さて東方に思いっきり仕返ししてやろうかなとポジションチェンジをしてみたら、バタバタと乱暴な足音と共に現れたのは我らが部長さん。
 もう着替え済みだからいったん部室に行ったはずなのに、やたら息切れてて、どっから走ってきたんだろ。
 コートの中に入ってきて、まず伴爺のところ駆け寄って、なんかぺこぺこ頭下げてる。伴爺はにまにました笑顔で南になんか言って(たぶん「準備運動しなさい」とかそんな感じ)、南は俺たち(ってか、みんなのところ)に駆け寄ってくる。
 みんなの視線が南に集まる。みんなの視線には共通して、南部長が遅刻なんて一体どうしたんですか! ってな質問がこもってる。
 南はひきつった笑いを浮かべて、
「悪い。寝坊した」
 それだけ言って、みんなに頭下げた。
「なんだよもー」「心配したですー」「めずらしいですね」とかとか、みんなが微妙に責めるような口調で、でも安心したよ、って気持ちをこめて次々と、南に言葉を投げかけるけど、俺と東方は顔を合わせるだけで何も言えない。
 だって俺たち、知ってるからね。
「お前、朝南を見たんだろ?」
「うん、知らないおばあちゃんと歩いてた」
 それは、つまり。
 どうせ南の事だから、道に迷ってるおばあちゃんに道を教えてあげるを通り越して目的地まで案内しちゃったせいで遅刻したんだろうなあ、と言うまず間違いない推理がここで成立したわけなんだけどね。俺と東方の間で。
「なんで言わないのかね。美談なのに」
「美談だからこそ言うのが恥ずかしいってのもあるんだろうけどな」
「遅刻の理由としてウソくさいしね」
 みんな南がそんな嘘吐かないことくらい知ってるし、いいひとだってのを今更隠したところでどうするんだよって気もするけど。
「ま、南が寝坊したって言ってるんだから、寝坊した事にしてやろっか」
「そーだな」
 俺は東方とうひ、って笑い合ってから、ひょいと立ち上がって、南のそばに駆け寄る。遅刻した南はこれから外周だから(駅より遠くから走ってきたんだからもういいんじゃないかなと思うけど)、その前の軽い準備運動してた。
「やっ、南!」
「なんだよ」
「ブチョーさんが遅刻なんてしちゃ駄目じゃん?」
 俺がそう言うと、南は、
「エースのくせに遅刻魔のお前が言うな!」
 なんて怒鳴りつけてきたわけです。
 そりゃ、ごもっともなんだけどさ。


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テニスの王子様
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